file-128 地域に力を!地域から力を!~大学生×地域の挑戦(前編)
世代や距離を超えた出会いで、絆が結ばれていく
人口減少や高齢化により祭事や文化の担い手が減っている地域で、「伝統を守りたい」「地域を元気にしたい」と地元の人に交じって活躍する若者たちがいます。新潟大学でも「ダブルホーム」プロジェクトとして、約400人の学生が様々な地域活動を展開中。それは、地域にも学生にも新しい力をもたらしています。
ふたつの「ホーム」
阿賀町七名地区でそば栽培を行う「あっとほーむ」。10月に手作業で収穫をする。
新潟大学の「ダブルホーム」とは、学部や学科の枠を超えて学生が集い、大学を飛び出して地域で活動する取り組みです。大学の学部学科を第一のホームとするなら、本活動チームはもう一つのホーム。二つのホームで学ぶことから、「ダブルホーム」と名付けられました。この取り組みについて、同大教育・学生支援機構の櫻井典子特任准教授に伺いました。
新潟市西区内野町で活動する「ほたる」。小学生と一緒に灯篭(とうろう)づくり。
「スタートの背景の一つは、学生同士の人間関係が希薄になったことへの懸念でした。一方、社会が人材に求めるのはコミュニケーション力でありチームワーク、つまり人間関係を築く力です。そこで、協力して何かを達成する経験とスキル、また、メンバーの力を引き出すリーダーシップを身に付けてもらいたいと、ダブルホームを始動させたのです」
「地域の人たちと学生が相互に高めあう構図ができつつあります」/櫻井特任准教授
ダブルホームは、2007年に文部科学省の学生支援プログラムに採択されてスタートし、2011年からは新潟大学独自の地域の教育力を活かしたプログラムに生まれ変わり、現在に至っています。新潟県と山形県に点在する17の活動地域は、教員のフィールドワーク先、地域からの要請、さらには、学生自身による交渉など様々な方法で選定されました。地域ごとに学生と教職員がチームを編成。ミーティングで具体的な活動内容や地域のためにできることを話し合いながら、1年を通して、地域行事に参加したり、自分たちで考えた企画を実践したりします。「地域の人と関わり、協力して活動することで、学生たちは『人の役に立つ』ことを経験します。やがて、それは社会の課題解決、社会貢献への関心や行動になり、成長へとつながっていくのです」
米どころ新潟の春の風景「田植え」。昔ながらの手植えは、貴重な体験だ。/「ほりごたつ」
この活動は正課外活動ですが、ミーティング用の部屋と担当スタッフ、活動予算、遠方での活動にはバスが用意されるなど、大学の支援を受けての取り組みです。2018年度は389名の学生と69名の教職員が参加。祭事や農作業のサポート、街づくり活動への協力、地域住民や子どもたちとの交流など多種多彩な内容で、地域の活性化に努めました。
耕作放棄地でそば作り
「昨年度は、一泊二日で阿賀町の観光スポットや自然を満喫する試みも実現」/鈴木さん
江戸時代までは会津藩の領地だった東蒲原郡阿賀町上川(かみかわ)では、古くからそばの栽培が行われています。11月には地元産そば粉で打ったそばが堪能できる「上川そば祭り」が開催され、多くの観光客を集めていますが、同じエリアでさらに山間に位置する七名(ななめ)地区では、高齢化もあり、そば栽培をやめる農家が続出。ダブルホームの活動チームの一つ「あっとほーむ」は、その七名地区で一反歩(300坪)の休耕畑を提供してもらい、そばの栽培を行っています。学生38名と教職員4名のメンバーを束ねるリーダー、3年生の鈴木真由さんに伺いました。
七名地区の七福の里祭りでは、そば粉を使ったお菓子のPRも/「あっとほーむ」
雪上を走る、かんじきレースをバックアップ。「レースにも参加して盛り上げました」
「メインの活動はそばの栽培です。8月に種をまき、10月に収穫。例年なら、3月にそばを打ち、地域の方を招いて一緒に味わうのですが、今年は会場の都合でそば打ちができなくなってしまいました。せっかくのそば粉をどうしようと思っていたところ、阿賀町で知り合った方が声をかけてくださり、5月のイベントでそば粉のお菓子をPRできることになったので、急きょ準備を始めたところです」。そば以外にも、6月の七福の里祭り、11月の上川そば祭り、2月のかんじきレースなどの祭事や行事にスタッフとして参加。1年で6、7回、現地で活動を行っています。
そば愛が高まって、「そば男」キャラクターをデザイン。おそろいのTシャツも作成。
「そば栽培という貴重な経験はもちろん、メンバー同士の交流やみんなで活動を盛り上げていこうという雰囲気も楽しんでいます。ただ、私たちが楽しむだけでなく、地域の方々にも楽しみ喜んでもらいたいので、もっと絆を深めてニーズを読み取り、それに応えていかなくては」。まず、活動を広く多くの人に知ってもらい、そば打ちやイベントに気軽に参加してもらえるよう、SNSや回覧板などを利用して活動の説明や予告を行うことを計画中。第二のふるさと、七名地区に寄り添う気持ちが学生の中にしっかりと育っています。
学生が風景を変える
そば栽培をしていると「懐かしいなあ、頑張って」と地元の人が声を掛けてくれ励みになる。
自分たちで作ったそば粉で、地元の人に打ち方を教わりながらそば打ちに挑戦。
「話をしていると、いろいろなことに興味を持ってくれる。それも楽しみ」/石川さん
「真夏に大汗をかきながら、そばの種をまいたり、土をならすレーキや刈り取り用の鎌などの道具を苦労して集めてきたり、いろいろ調べて肥料を買ってきたり、学生たちは一生懸命。そこがかわいいですね」と、七名地区でダブルホームの受け入れや協働に携わってきた、石川久作さんは目を細めます。「だから、構いたくなるんです。芽が出た、花が咲いたと画像をメールし、草取りなどの世話もしています」。七名では石川さんが中心となり、地元の団体や住民と連携しながら活動を支えています。
一方、地区の人すべてが同じように思っているわけではありません。「活動に無関心な人もいますし、事前準備の大変さを気遣ってほしいと愚痴を言う人もいます。でも、来てもらえるのはいい。祭りを手伝ってもらえるのもありがたいです。集落を若い人が歩いているだけで風景が変わり、活気を感じられますから」
これからの課題として、関心が薄い地域の人々を活動に呼び込んでいくことを挙げるのは、石川さんも学生と同じです。「そのためには、体験を蓄積して、次の代へきちんと伝えていってほしいです。卒業でメンバーが入れ替わっても、知識が伝わり、チーム自体が成長していけるように。そして、もっとじっくりと話し合う機会を持ち、地元のことを知って、こうしたい、ああしたいと積極的に要望を投げかけてほしい。ここは山間だけど、いや山間だから、山菜やキノコ、温泉、季節の花々など山の恵みが豊かです。活動の素材は揃っていると思いますよ」
石川さんには最近、うれしいことがありました。新潟市の農産物直売所で七名そばを販売していた時に、卒業したメンバーが偶然通りかかり、声をかけてくれたのだそうです。「阿賀町を離れたところで、ウチの集落のことを知っている人がいるのだと思ったらおもしろくて。メンバーには北海道や沖縄出身の学生もいたから、もっと遠くでも七名を思い出して、そばの話をしているかも。私たちだけではできないことが起きることに、ワクワクします」。学生の存在は地域の風景を賑わせるだけでなく、石川さんの心に期待や希望をともしているようです。
後編では、新潟大学五十嵐キャンパスに隣接する新潟市西区内野町で、川をイルミネーションで輝かせるプロジェクトに関わるチームの活動をたどります。
掲載日:2019/5/24
■ 取材協力
櫻井典子さん/新潟大学 教育・学生支援機構 特任准教授
鈴木真由さん/新潟大学農学部3年 「あっとほーむ」リーダー
石川久作さん/阿賀町七名地区 七福の里活性化委員会