file-129 魚沼らしい美しい酒を~雪室を生かす蔵元たち~(後編)
個性が光る、蔵ごとに違う雪室の活用法
一口に雪室といっても、その活用法や規模、システムは蔵ごとに違います。今回は近年雪室を新設し、雪国魚沼の魅力をさらに発信しようとする八海醸造株式会社と青木酒造株式会社を訪ねてきました。前者はまるで冬の魚沼にいるような巨大な雪室を一般公開し、後者は雪室の効果を最大限に酒造りに生かそうと取り組んでいます。
雪の分身のような、まさしく魚沼といえる酒を
里山に広がる「魚沼の里」。地域文化を体感できる人気のスポットとなっている。
雪室は、雪国の知恵と工夫が凝縮した「天然の冷蔵庫」
当日申し込みで1日10回開催される体感ツアー。
八海醸造株式会社の「八海山雪室」は、南魚沼市長森「魚沼の里」内にあります。「魚沼の里」は同社によるプロデュースで、八海山麓に広がる里山に、日本酒の醸造蔵、焼酎蔵、ビール製造所、研究棟のほか、レストランやそば屋、売店などが点在。魚沼の暮らしや雪国の文化に出会える場所として、全国から多くの人がやって来ます。「八海山雪室」は来訪者に公開しており、その迫力に雪国に住んでいない人は驚くといいます。巨大な施設内には2万リットルのタンクが20本、その横に1,000トン2,000m3もの雪が積まれ、年間を通じて4度前後に保たれた室内は、冬の魚沼にいるような臨場感があります。
製造部次長の棚村靖さん。「魚沼は水がいいから食べ物も酒もおいしい」と言う。同社の仕込み水は八海山系の伏流水で、その水が必要不可欠と4キロメートル離れた先から引っ張ってきた。
KAJIMA DESIGN 星野時彦氏により設計された「八海山雪室」は平成25年(2013)に開設。日本建築士会連合会賞優秀賞など数々の受賞歴を持つ。
雪室で貯蔵する日本酒を担当したのは製造部次長の棚村靖さんです。「この地域には、昔は雪に穴を掘ったような小さな雪室があり、昭和30年代前半くらいまであちこちで見られました。それを使って20年ほど前から酒造りの有志で研究していました。当社社長も雪を何とか利用できないか、豪雪の魚沼を表現できないかと考えていました。
実現には、どれだけランニングコストをかけずに運用できるかが課題ですが、当社は後ろに山を抱えているので、斜面からスロープで上質な雪を集められる。雪室もタンクの隣に雪を積むだけでファンもない自然対流でコストを抑えていました。しかし最初は、そんな環境でいったい室内は何度になるのか、それが一定するのかもわからなかった。僕は技術者なので、こう造ったらこうなると、仕込むときはおぼろげでもイメージがありますが、この酒に関しては難しかったです」
「八海山雪室」の専用タンクで3年間熟成させた『純米吟醸 八海山 雪室貯蔵三年』
同社は「それも含めてストーリーになるだろう」と6年前より仕込みを始め『純米吟醸 八海山 雪室貯蔵三年』を製品化しました。雪のような純白のパッケージは大変好評で、「まさしく魚沼らしい」とお土産やギフトとしても人気が高く、飲食店でも別の器に移さずにボトルのまま紹介されることが多いそうです。
発売までの3年間、年に1回ペースで利き酒をしていましたが、「わずかな熟成の変化に驚いた」と棚村さんは言います。「しかし、3年たってみると想像以上にきれいになっていました。不思議でしたね、まろやかで味に厚みが出る。僕の印象ですが、シャリッとした雪を口に含んだ感じです。雪には独特の苦味があって、その苦味に似ています。例えば、甘いだけよりは少し塩が入った方が味の幅を感じますよね。ほんのわずかな苦味ですが、それで単調にならず、酒にふくらみや奥行きを与えている。やはり雪室の名が付く酒だからと思ってしまいます」
美しい冬景色の中での寒仕込み。蔵からは蒸し米の湯気が上がる。
雪がなければ酒はできない、これからは雪に和していく
年間12,000キログラムのCO2排出抑制が期待できる。経産省資源エネルギー庁による「平成28年度再生エネルギー事業者支援補助金」に採択された。雪からのエネルギー利用はめずらしい。
4つのレーンで冷気を交換。雪は空気中のチリやホルムアルデヒドなどの有害物質を吸着する作用があり、入れたときは真っ白でも月日とともに表面が黒ずむ。雪のおかげで雪室内は清浄な環境にある。
青木酒造株式会社の「鶴齢(かくれい)の雪室」は、国道17号の塩沢駅入口交差点に面した、誰もが臨める立地にあります。同社が雪室を建てたのは、創業300年という節目の平成29年(2017)。全体の完成は5月でしたが、雪を入れる施設は1月にできており、その年から雪中貯蔵を始めました。雪室の新設は、じゃま者と言われる雪の利用はもちろんですが、さらなる酒の味わいを追求することが目的でした。計画段階から利雪アドバイザーの伊藤親臣(いとうよしおみ)さん(公益財団法人雪だるま財団)に指導を仰ぎ、全空冷式雪冷房システムを導入。毎年2月に400トンの雪を貯雪室に入れ、その冷気を利用した3つの温度帯の部屋を備えました。
この喚起口から貯雪室の冷たい空気が流れ込み、室内の下の方から冷気が積み重なる。暖気は自然と上昇して天井の換気口から排出される。
青木酒造株式会社 製造部 生産管理室長の平賀 悟さん。
それぞれに役割があり、「氷冷貯蔵庫(-5度)」では搾ったままの鮮度を維持しながらゆっくり熟成させる大吟醸などの高級酒を、「雪温熟成庫(5度)」では造りたての風味を保ちつつ果実のような香りとまろやかな口当たりに仕上げる純米大吟醸や純米を入れています。「製品保蔵庫(外気温-10度)」は、地下水で冷房しながら雪温熟成庫から冷気を導いています。ここは流通倉庫も兼ねていて、雪室で熟成させた以外の酒も保管します。「つまり、当社の製品すべてが雪室の恩恵を受けた製品なのです」と同社製造部 生産管理室長の平賀 悟さんは言います。
今後はさらに雪室出身の酒であることをアピールしていく。
貯雪室前のシャッターには雪男のイラスト。『北越雪譜』に登場する毛むくじゃらの異獣がモデルで同社の銘酒『雪男』にも描かれている。
雪温熟成庫で熟成させる銘柄は、『鶴齢 特別純米 ひやおろし』『鶴齢 特別純米 五百万石 寒熟』『鶴齢 純米吟醸 愛山』の3種類で、時々ほかの銘柄も入ります。「当社は瓶に詰めた製品の状態で雪室に入れます。雪室で寝かせると温度の波がなく、ゆっくりと熟成が進む。しかし、香りは進まないのでフレッシュなまま。アルコールの分子を水の分子が覆う“会合”という作用が進みやすいようで、まろやかで丸みが出てきます。私どもの酒はもともと“淡麗旨口”で、すっきりしているのにお米の味がする。その風味が以前に増して感じるようになりました。何というか、雪解けのきれいな水の中に、お米の旨さが乗るような、さらにバランスがよくなった」
同社の合い言葉は「和合」であり、飲み手、造り手、売り手の三方にとって良い酒造りを継承してきました。そこに「雪に和す」を加え、雪室を雪利用のランドマークとして、醸された酒とともに雪国のイメージアップに貢献したいと考えています。
雪国で昔から「自然の冷蔵庫」として活躍してきた「雪室」は、家電の冷蔵庫が普及するにつれて姿を消していきましたが、近年、酒蔵や地域にとって非常にメリットのあるものだと改めてその価値が見直されるようになりました。魚沼独自の酒を醸し、風土と文化を表現し、雪のない地域の人々にも体感していただける、多様な可能性を秘めたツールとなっています。雪国魚沼の恵みに感謝し、雪の世界に思いを馳せてはいかがでしょう。
掲載日:2019/6/27