file-141 郵便の父・前島密と切手の世界(後編)
切手は時代を映す鏡
日本で初めて「切手」が誕生してから、約150年。パソコンやスマートフォンで気軽に文章を送ってコミュニケーションをとる時代になっても、手紙の良さは色褪せません。切手には特定の目的に合わせてデザインされたものもあり、そこからは、手紙と同様、送り手の思いを感じ取ることができます。
収集の原動力は「郷土の偉人」
ホームギャラリーの2階で、前島密の秘蔵資料や郵趣品とともに。/佐々木さん
ホームギャラリー『赤いポスト』。外観の一部が巨大なポストになっており、入り口の左右に通常の丸型ポストが設置されている。右のポストの手前に見えるのは、「はがきの木」とも言われるタラヨウ。古代インドでは、文章や手紙を書くのに使われた。
明治7年7月7日の消印が押されている七夕郵便。7日に東京で引受し、その日のうちに横浜へ到着した貴重な一通。消印も切手の価値を決める重要な要素。
現在と同じ郵便切手を利用した制度は、天保11年(1840)にイギリスで誕生しました。前島密が命名した「切手」が日本で最初に発行されたのは、それから30年余り経った明治4年(1871)のことでした。それ以来、印刷の仕様が時代とともに変わっても、切手は芸術性や奥深さを残しながら、代表的な「証紙」として私たちの暮らしに根付いています。
切手収集がブームとなったのは、1970年代。当時、収集していた切手コレクションが今も自宅のどこかに眠っている方も多いのではないでしょうか。そんな元コレクターはもちろん、切手に注目したことのない方にも、郵趣の楽しさを伝えているのが、ホームギャラリー『赤いポスト』(上越市)です。代表の佐々木雄二さんは、前島記念池部郵趣会会長と高田郵趣会会長を兼務しています。小学生の頃、友人に誘われて切手に興味を持ち始め、コレクターになりました。切手収集家としてコレクションを増やしていくうち、古いハガキや封書などにも対象を拡大。ついに平成17年(2005)、自ら巨大丸型ポストを設計し、「赤いポスト」という名のホームギャラリーを開設します。
「収集した切手やはがきから、当時の時代背景が読み取れるのがおもしろい。戦前の記念切手には皇室関連切手が、普通切手やはがきには戦時色の濃い図案が多くありました。また、内地と外地とで交信された軍事郵便を通して、戦時中の教育・経済・生活環境の実態が読み取れます。戦後発行された切手や年賀状から敗戦のどん底から平和を願いながら発展した日本の様子が読み取れます。さらに、郵趣仲間の方々と心を通わせることができるのも魅力の一つです」と佐々木さん。
明治・大正時代の広告チラシ「引き札」。郵便料金早見表とポストの図柄が印象的。「美術品としての価値もあります」/佐々木さん
出版物の付録としても人気のあった「雙六」。雙六は、陸海空軍をモチーフにしたものや、女性の職業を描いたものなど、当時の世相を反映したものが多かった。/印刷・版行:金沢賢坂辻通り 吉岡久一
ホームギャラリーには、大正10年(1921)に前島密が初めて郵便切手に登場した「郵便創始50年記念切手」をはじめ、歴代の前島密切手コレクションがずらり。佐々木さんはこのコレクションを活かし、全日本切手展へ出品し入賞されたそうです。「郵便の父 前島密」は、やはり郵趣家にとっても特別な存在のようです。
「前島密の生誕の地で生まれ育ったこともありますが、彼の偉大な功績は、意外と世に知られていません。郷土の偉人を、もっと多くの方に知ってもらいたいという思いが収集への原動力です」。切手だけではなく、郵趣文献、郵便局グッズ、さらには昔の電話機や新聞、引き札、雙六(すごろく)までコレクションの幅が広がったのも、前島密への尊敬の念がモチベーションになっていたのかもしれません。
郵趣家人生のエピソードとして、佐々木さんはこんなお話もしてくださいました。「思い出深いのは、切手趣味週間の“雨傘”の切手。昭和33年(1958)に発売された際、地元郵便局で売り切れとなってしまい、入手することができませんでした。それ以降は郵便局の方にシートの取り置きをしてもらい、下校後に購入するようになりました。明治時代の手紙が読めずに司書さんの助けを借りたこともあります。中学校教員を退職した今もさまざまな分野の方とお会いすることができるのは、趣味の世界のおかげですね」
バリエーション豊かなフレーム切手
新潟県ゆかりのモチーフでデザインされた切手。(左)10円普通切手(トキ) (右)50円ふるさと切手(蕗谷虹児画「花嫁」)。※花嫁は、平成27年(2015)に販売終了。
切手には、普通切手をはじめ、人気のキャラクターや美しい自然・風景など、さまざまな題材を描いた特殊切手があります。実にバリエーション豊かで、デザイン性に富み、見る人を魅了する切手。最近は、時季や地域に合わせて限定発行される「フレーム切手」が、人気があるようです。日本郵便株式会社 信越支社にお話を伺いました。
「萬代橋」「トキと佐渡島」「高田の夜桜」「長岡花火」など新潟県らしいモチーフでデザインされた「地方自治法施行60周年記念シリーズ 新潟県」のふるさと切手。
前島密の没後100周年を記念して平成31年(2019)3月に限定販売されたオリジナルフレーム切手。前島密に縁のある横須賀の消印は購入後に押されたもの。
「フレーム切手の題材には、各地におけるイベント・象徴的なことやモノが多く採用されています。長野県では、春になると桜の名所等をモチーフにしたデザインが多く作成されていますが、新潟県は高田の夜桜やチューリップでしょうか。トキや各地の花火大会をモチーフにしたデザインも多いですね」
地域の風物詩や風景をモチーフに美しい色柄で表現されたフレーム切手。「世界に1種類だけのオリジナルの切手ですから、記念品としての保存価値が高い」というだけあって、使わないでいつまでも保管している人も多くいるようです。特に人気が高いのは、「電車やダムなど、固定ファンが多くいる題材をデザインしたもの」だそうです。好きなジャンルに絞るのも、収集の楽しみ方の一つなのでしょう。
オリジナルフレーム切手のサービスには、好きな写真やイラストをデータ送信するタイプもあります。「データ送信タイプのフレーム切手の販売は、平成18年(2006)9月1日から開始しています。個人のお客さまであれば記念品として、法人のお客さまであればノベルティとしてご利用いただくことが多いです」と担当者。
掲載日:2020/12/21
■ 取材協力
佐々木雄二さん/高田郵趣会 会長 ホームギャラリー『赤いポスト』館長
日本郵便株式会社 信越支社