file-156 後世に残すべき風流踊「大の阪」「綾子舞」(後編)
500年の一生懸命の積み重ねで「綾子舞」の今がある
後編は、ユネスコ無形文化遺産提案候補となった新潟県の「風流踊(ふりゅうおどり)」のひとつ、柏崎市で約500年前から伝わる「綾子舞」です。守られてきた歴史を辿るとともに、柏崎市綾子舞保存振興会による伝承者養成講座を訪ねて稽古に励むみなさんに話を伺ってきました。
500年前から人々を魅了した
不変の美が息づく「綾子舞」
毎年9月第2日曜日に女谷の綾子舞会館特設舞台で「綾子舞現地公開」が開催される。稽古の成果を発表する場であり、多くのファンが楽しみにしている。
口伝だった綾子舞は、下野と高原田では若干芸が異なる。小歌踊も、下野では3人、高原田では2人が並んで踊る。
「ユネスコ無形文化遺産提案候補の選出をきっかけに、綾子舞の素晴らしさを日本のみなさんに知っていただきたいです」/茂田井信彦さん
「綾子舞」は、柏崎の中心部から南へ離れた黒姫山の山麓、鵜川地区女谷(おなだに)で約500年前から伝承されてきた古雅な民俗芸能です。その由来は、上杉房能(うえすぎふさよし)の奥方の綾子が伝えたという説や、北野天満宮の巫女の文子の舞が伝わったという説などがありますが、定かではありません。小歌踊(こうたおどり)、囃子舞(はやしまい)、狂言で構成され、これらを総称して綾子舞と呼んでいます。
かつてはいくつかの集落で伝えられていましたが、過疎化などからしだいに途絶えていき、現在では「下野(しもの)」と「高原田(たかんだ)」のふたつの集落に保存会(座元:ざもと)があり、両者で保存振興会を組織しています。
昔は長男にしか教えない一子相伝で、赤い布「ユライ」をかぶる小歌踊も男性が女装していました。保存振興会会長の茂田井信彦さんは、「門外不出にすることで、芸があちこちへ出るのを防ぎました。昔の人はそうやって〝ここだけにしかない綾子舞〟としての価値を高め、次代に残せるよう工夫したのでしょう」と言います。通常は多くに広めると残るように思えますが、先人たちは逆転の発想で守ってきたのです。しかし、後継者不足になるとこだわっていられません。今では地域を限定せず、小歌踊は少女が引き継ぎ、囃子舞と狂言は少年が担当しています。
記録に残す大切さ…
一冊の本が転機を生んだ
『綾子舞見聞記』についても記載のある、綾子舞の歴史・魅力をまとめた冊子『出羽・本歌・入羽-綾子舞、21世紀への伝承-』(柏崎市綾子舞後援会編)。綾子舞会館にて購入できる。
柏崎市女谷にある綾子舞会館。伝統と心を伝える拠点として、綾子舞の伝承活動のほか、資料・古文書・衣装・道具などを保存・展示している。
「大の阪」に魅せられて『越後堀之内 大の阪・屋台囃子よもやま』 を編んだ阪西省吾さんのように、やはり綾子舞のとりこになった桑山太一さんという人がいました。東京で暮らしていましたが関東大震災(1923)を機に地元柏崎市に戻ってきます。『綾子舞見聞記』を発行し、母校の早稲田大学演劇博物館に寄贈したところ、何という偶然か、山ほどある本棚の中から国指定重要無形民俗文化財の調査をしていた同大学の本田安次先生の目に留まります。昭和25年(1950)に本田先生が来訪して綾子舞を見学後、研究論文をどんどん発表してくれました。
その後、学者や舞踊家の取材等が相次ぎ、昭和51年(1976)には国の重要無形民俗文化財の指定第1号となりました。本田先生からは「こんな素晴らしい芸能がよくもまあこの山里に残っていたものだ。国の指定第1号、立派な文化財を後々までも残すよう努力してほしい」との激励を受けています。ちなみに本田先生は、魚沼市堀之内で大の阪の調査も担当し、大の阪に対しても「踊りといい、唄といい、ただ美しいというより褒め言葉がない」と賛辞を贈っています。
ちょうど昭和20年(1945)頃から戦後の芸能復興の波もあってか、綾子舞には多くの若者が参加して志気も上がっていきました。しかし、発祥の地であった鵜川小学校は昭和33年(1958)頃に485名もいた児童が、平成3年(1991)には11名に激減、平成7年にはついに閉校となってしまいました。
未来へつなぐために
保存振興会、学校、市が連携
「やっぱり練習の数。小学5〜6年生でやっと人前で踊れ、高校になって見栄えがする。毎年新しい子が入って、いろんな子がいて、教え冥利につきます」/高原田座頭・猪俣義行さん
下野指導者のみなさん。「舞台に立つ機会が大事。舞台ごとに上手になるし、子どもたちも嬉しいようです。子どもたちには大きく成長して欲しいです」/下野座頭・関一重さん(中央)
過疎化が進む中で、未来につなぐための仕組み作りが始まりました。まずは小中学校で「伝承学習」が熱心に取り組まれました。現在は、伝承地区を含む小中学校の特別部活動として小学3年生から希望者を対象に「綾子舞伝承学習」が行われています。保存振興会から派遣された両座元の指導者が次の世代に繋げようと、子どもたちの指導に当たっています。春から秋までの月1回程度練習し、1年の成果を11月に開催する「伝承学習発表会」で披露しています。
しかし、子供たちも部活や塾で忙しくなり、中学を卒業すると活動から離れ、高校を出ると進学や就職で市外に出ていく人もいます。
そこで、平成3年(1991)に柏崎市が「伝承者養成講座」を開設。活躍中の人はもちろん、一度は離れた人の復帰場所として、また、下野と高原田以外にも参加募集をかけました。伝承学習に参加している児童・生徒もたくさん参加しており、大人と一緒に稽古に励んでいます。広報も市報などを通じて行います。これにより、綾子舞がぐっと身近になって参加しやすくなりました。
長い歴史をつなぐ一人になる
柏崎市には綾子舞があると伝えたい
【高原田】高橋優哉さん(左)。現地公開の発表に出た時に祖父母から褒めてもらって嬉しかったという。続けたい思いとはうらはらに、県外進学の壁が立ちはだかる。
それでは、子どもたちはどんな思いで稽古をしているのでしょう。また、どうしたら古典芸能が各地で定着するのか、意見を聞いてみました。
高原田の座元で年下の子どもたちから懐かれて、本当のお兄ちゃんのような高橋優哉さん(高3)。小学3年時の担任が綾子舞に熱心で興味を持って始めたそうです。「やってきてよかったと思いますが進学が県外で卒業後は続けにくい」と言います。友人たちの中には、中学になると部活などが忙しくなって離れた人や、あとは単純に人前での芸事に照れが出て離れた人もいるようです。
【高原田】桑原夏美さん(手前左)。稽古中は楽しくても、本番の舞台はキリッと空気が変わるという。古き良き日本がそこにあり、日常とは違う空間になる。
同じく高原田の桑原夏実さん(中3)は、小学4年から始めました。「もともと父が神楽を伝承していて舞が好き。高校生のお姉さん方が卒業したら次は自分が小さい子に教えて、500年続く綾子舞をつないでいきたい。小学校の文化祭などでお姉さん方の発表を見ると、子どもたちのあこがれになります。あこがれてもらえるように練習をしていけば、子どもたちもやる気になるのではないでしょうか」
【下野】罇匠海さん。狂言『海老すくい』の稽古中。殿役を10年も担当。「いまだに気付くことがあります。踊りのきれいさ、狂言の物語の面白さ、そんな綾子舞に惹かれて続けてきました」
狂言『海老すくい』の殿役を小学3年から演じてきた下野の罇匠海(もたいたくみ)さん(高3)。とても楽しそうに稽古をしています。進学で地元から離れますが、「続けられる限り続けたい。長い歴史をつないでいく一人になれるという、僕の中では特別な感覚があります」と言います。「小学校の頃から指導者の方々のお世話になっている。一緒にやってきた友だちもいる。この場所を離れても、またここに戻って、自分も歴史をつないで、柏崎には綾子舞がある、と新しい人に伝えていきたい。各地で伝統文化が消えていくと言っても、やっぱりその中には魅力がある。現場で、目で見て、感じて、学ぶことでその魅力が理解できる。『自分でもやってみたい』につながっていく。どれだけすごくて魅力があっても、知っている人がいなければ消えていく。何事も魅力を伝えるのが大事です」
同じく下野の小林彩花さん(中2)は、「綾子舞が大好き。舞台で踊った知人のお姉さんにあこがれたことがきっかけでした。最初は興味本位でしたが、舞台に立たせてもらってから誇りというか、この魅力をいろんな人に分かってもらいたいと思いました。自分が踊ることで、絶えず続いてきた綾子舞の伝統を引き継いでいることが嬉しいです。この魅力を次の人たちに伝えていければ、それに気付いてやる人が出てくると思います」と言います。
【下野】小林彩花さん(手前左)。優雅に見えるがずっと腰を落としながらで体力がいる。
茂田井会長は、今回のユネスコ無形文化遺産提案候補になったことを〝きっかけ〟と考えています。「柏崎市民だけでなく、オーバーに言えば国民に知ってもらいたい。文化が語られない地域はくずれ、文化が消えると地域も消える。文化を語らない国はほろぶしかない。良いチャンスなので、もう一度みんなで文化を語ろうじゃないか。幸いにも柏崎市はそういう風潮になっています。登録に期待しています」
この場では伝えきれないほど多くのみなさんの、綾子舞への思いがありました。機会があれば、発表の場に足を運んで、その思いを感じながら綾子舞の魅力に触れてみてください。
掲載日:2022/9/5
■ 取材協力
柏崎市綾子舞保存振興会
会長/茂田井 信彦さん
高原田のみなさん
下野のみなさん
■ 参考資料
『出羽・本歌・入羽-綾子舞、21世紀への伝承』 発行・柏崎市綾子舞後援会
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