file-30 新潟淡麗~新潟清酒がおいしい理由~ 「新潟清酒」のあけぼの

「新潟清酒」のあけぼの<

渡邊場長

他県にも醸造の研究施設はあるが「食品とか、他の部門と一緒なんですね。新潟は酒単体で、そのためだけに動けるかどうかというのは、大きな違いだと思います」と話す渡邊場長。

 「新潟は、他県の酒造業界からうらやましがられる存在」と県醸造試験場渡邊場長。新潟には良質な水と米、酒造りに適した環境があるから良い酒ができるといわれますが、他県の酒造場がうらやむのは、そうしたことばかりではありません。本来ライバル同士でもあるそれぞれの酒造場が、品質向上に向けて一丸となって行動できること、経営者のみならず、社員同士が活発な情報交換を行っていること。そうした素地があるからこそ、毎年3月に組合加盟の酒蔵が一堂に集まる「にいがた酒の陣」という大イベントや、日頃の仕事の工夫や研究成果を互いに公開して品質向上に役立てるような取組ができるのです。そのことを、県外の酒造場はうらやむのだといいます。

 こうした環境を作り上げたきっかけは1930(昭和5)年の県醸造試験場設立までさかのぼります。酒造りは今とは異なり自然任せの部分も多く、もろみに雑菌が入り発酵が停滞する「腐造」が問題になっていました。全国的には江戸時代に盛んとなった酒造業においては、当時から灘(兵庫)、伏見(京都)が常に突出した存在でした。明治、大正の時代、酒造先進地で醸造技術の研究機関が設立されるのを見て、県内の酒造場は、県知事に研究機関の必要性を県に訴える意見書を提出します。1924(大正13)年には県議会で醸造試験場の設立が決議されたものの、その資金は不足していました。そこで、建設費を酒造組合が負担して設立にこぎ着けます。

 新潟の酒造業界にとって、醸造試験場は品質と酒造技術向上という共通の目的を掲げ、自ら設立に寄与した拠り所です。それがライバルであるはずの各酒造場を結びつける場となりました。

 現在、酒造りのみを研究対象とする県立の単独機関としては、新潟県醸造試験場は国内唯一となっています。

file-30 新潟淡麗~新潟清酒がおいしい理由~ 酒づくりは人づくり

酒づくりは人づくり

分析作業の様子

大がかりな分析作業が必要な時は、各酒造場が若手社員を醸造試験場に送り込み協働して作業にあたる。社員にとっては技術を学ぶ場でもあり、交流の場でもあるという。

 「醸造試験場が設置当初から、研究開発と並んで力を入れてきたことが、人材教育です」と渡邊場長。昭和40年代までは「伝習生制度」と呼ばれた教育制度が存在していました。県内各地から優秀な候補者を募り、3年間醸造試験場に寝泊まりで理論から酒造実技までを教えたそうです。酒造りの技術を担っていた人々は蔵人(くらびと)と呼ばれ、それを束ねる人を杜氏(とうじ)と呼びます。蔵人たちの多くは農閑期の出稼ぎ労働で、新潟県からは県内のみならず全国の酒蔵へ杜氏と蔵人が働きに出ていました。伝習生は全国各地で越後杜氏のリーダー格として活躍します。

 しかし、その後社会情勢の変化に伴い、出稼ぎ労働が減少します。出稼ぎ労働の中で技術が伝承されてきた酒造りの現場では、酒造技術の維持と酒造技能者の確保がいずれ困難になると予想されました。その対策が、1984(昭和59)年に全国に先駆けて発足した新潟清酒学校です。

 生徒は県内の酒造場の社長から推薦された社員。講師は酒造場の経営者、技術者、ベテラン杜氏、醸造試験場職員らが担います。つまり、業界を挙げて若手社員を育成する取組です。「生徒はここで3年間、普段は自分の会社で働きながら年間100時間以上の講義と実習をこなします。酒造場としては貴重な労働力である社員を生徒として長時間送り出すうえに、自ら講師になったり、杜氏を講師として派遣することもありました。それは自社の仕事の時間を割いてライバル企業の人材育成に協力すること。そうした諸々の負担がありながらも実現できたのは、まさに新潟の酒造場の結束力なのです」と渡邊場長。現在、県内酒造場の製造責任者(杜氏)のおよそ1/3が新潟清酒学校卒業生となっています。清酒学校で得た技術とともに、卒業生同士の強固なネットワークが新潟県の酒造業界の大きな強みになっています。

file-30 新潟淡麗~新潟清酒がおいしい理由~ そもそも清酒とは

そもそも清酒とは

県内の全酒造場の酒瓶

県醸造試験場には全酒造場の酒瓶を展示している。酒蔵の数と多様性では他県を圧倒して全国一だ。

 酒税法上の分類では「米、米こうじ、水(及び清酒かすその他政令で定める物品)を原料として発酵させてこしたもので、アルコール度数22%未満のもの」として定義されています。日本に昔からある酒類には、他にみりん、焼酎などがありますが、米、米こうじを原料として造られた酒を漉したり、上澄みを取ったりして濁りを除いた酒が現在の清酒の母体とされています。

 アルコールは酵母が糖を発酵することで生成します。酵母は果実の皮や土などに自然に存在している菌で、これによる発酵作用を利用して世界中で酒が造られてきました。ワインは果実の糖分を酵母がアルコール発酵することでできる酒ですが、麦や米など穀類を原料とする酒は、主な成分であるデンプンを糖化する必要がありました。酵母はデンプンを直接発酵できないからです。その働きをするのが、ビールでは麦芽、清酒では米麹です。

 清酒の製造工程は複雑ですが、おおざっぱに分けると①原料処理(米をといで蒸す)、②製麹(蒸米に麹菌を生やして米麹を作る)、③酒母(酵母を培養する)づくり、④発酵(蒸米、米麹、酒母、水を混合してもろみを仕込み発酵させる)、⑤上槽・熟成(発酵が終わったもろみを搾って酒粕を分離し、寝かせて熟成させる)の順になります。

 酵母や麹菌はもともと自然に存在する微生物ですが、長い間に酒造りに適するように飼い慣らされ、優秀なものが選抜されて使われています。

file-30 新潟淡麗~新潟清酒がおいしい理由~ 淡麗辛口の誕生

淡麗辛口の誕生

 「新潟清酒が淡麗辛口」として広く知られるようになったのは、昭和50年代のことです。それ以前の新潟の酒は、甘口でどちらかといえば品質の低い酒という評価が定着していました。明治以降、全国各地の酒蔵へ冬場の出稼ぎへ出る「越後杜氏」は広く知られる存在でしたが、新潟の酒自体の評価は決して高くはなかったのです。そこから評価をがらりと変えた陰には、ライフスタイルの変化に合わせた酒造業界の取組がありました。

 多くの人が農業など肉体を酷使する労働に就いていた時代、消費者は酒に疲れを癒す甘い味を求める傾向がありました。そして当時、県内の酒蔵で造られる酒は甘口の傾向で、当時のニーズに合っていました。しかし、デスクワークが増加するなど労働形態が変化したり、こってりした洋風の料理が食生活に入ったりしてくると、従来とは逆に、酒にはあっさりとした切れの良い味が求められるようになります。新潟清酒の「淡麗辛口」は、そうしたニーズの変化を先取りした取組のもとで生まれました。

 酒の味は、成分の8割を占める水の品質に大きく左右されます。水には大きく分けると、ミネラル分の豊富な硬水と、少ない軟水に分けられますが、江戸時代から知られた産地の多くは硬水で仕込んでいます。硬水で酒を仕込むと旺盛に安定して発酵し、輪郭のはっきりした酒に仕上がる傾向があるため、昔から酒造りに適した水とされてきました。一方、軟水の場合は、発酵が緩慢で不安定となることから、より丁寧な仕込みが求められます。酒造技術や設備の未熟な昔は軟水では良い酒はできないとされていたほどで、ほとんどが軟水で仕込んでいる新潟の酒蔵では、難しい条件を克服しながら技術を磨いてきた歴史があります。

 そして米。現在国内で多く栽培されている酒米は山田錦と五百万石です。山田錦には酒の味がのりふっくらとする特徴が、そして五百万石にはすっきりとした切れの良い味になる特徴があるとされています。山田錦は主に西日本で栽培されており、新潟の気候には適していません。五百万石は1957(昭和32)年に新潟県農業試験場と醸造試験場の連携で誕生した酒米で、現在新潟県内で最も多く栽培されている品種。この五百万石で仕込むため、新潟の酒にはすっきりとした切れの良い味という傾向があるのです。

 水と米、そしてライフスタイルの変化に合わせ、清らかな飲み口を追求した新潟の酒は、丁寧な仕込みと同時に、精米歩合にもこだわりました。米は粒の外側に多く含まれるタンパク質やミネラル分を取り除くほど雑味の少ないきれいな酒になります。新潟では他県と比べると平均で1割ほど多く削った米を使用しています。

◆清酒出荷量上位3県の出荷量推移と全国の総出荷量に占める新潟県産のシェア

◆1989(平成元)年を100とした場合の出荷量

file->30 新潟淡麗~新潟清酒がおいしい理由~ 新潟清酒の今と未来

新潟清酒の今と未来

酒の陣

毎年3月、新潟市の朱鷺メッセで開かれる酒の陣は、毎年県内外から日本酒ファンが集まる。普段なかなか手に入らない酒が買えることや、試飲しながら酒蔵と直接対話できるのが魅力だ。

 「最近、透明な酒は自然ではないとか、新潟の酒はきれいすぎて味がしないなどと言われることがあります。つくり手からすると、丁寧につくった酒はこうなるんだと言いたいんですけれどね」と渡邊場長。

 清酒を巡る状況は、楽観できるものではありません。日本ではビール、ワイン、焼酎などアルコール類が多様化している上に、人口減少でアルコール消費量自体が減少傾向にあるのです。新潟の酒造場も他県ほどではないにしても、少しずつその数を減らし、出荷量も減少傾向にあります。そうした中で新潟では業界団体である新潟県酒造組合と県醸造試験場が共同でさまざま試みを行っています。

 一つは海外展開。ハリウッド映画に登場した久保田(朝日酒造)、俳優ロバート・デ・ニーロが買い付けに訪れる北雪(北雪酒造)、エールフランス航空ファーストクラスの機内酒に採用された真野鶴(尾畑酒造)など、海外でもその名を知られる銘柄は既に存在していますが、これをさらに進めるため組合はヨーロッパ、アメリカなどで試飲会を開いたり、展示会に出展したりしています。「酒造組合で昨年スペインに行ったのですが、sakeの名はある程度知られていても、良質な日本酒が少ないため、新潟の酒は大変好評でした」と渡邊場長は好印象を語ります。良質な日本酒=新潟清酒というイメージづくりを大事にしているといいます。

 そして「オール新潟」の取組。新潟の米と新潟の水、新潟の技術で仕込んだ酒づくりを目指す取組です。以前から市販酒には県内で栽培された五百万石が多く使われていましたが、品評会用の酒の多くは兵庫県などから山田錦を買って仕込んでいました。品評会での評価は山田錦で仕込んだ酒が上位を狙いやすい傾向にあるからです。

 新しい新潟の酒米「越淡麗」は、新潟県醸造試験場、新潟県農業総合研究所作物研究センター、新潟県酒造組合が連携して開発に取り組み、15年以上の歳月を経て2004(平成16)年に誕生しました。新潟の気候に合って、粒が大きく、高度の精米にも耐える特長があります。又、膨らみのある味に仕上がる傾向を持ち、新潟県内のみで栽培される酒米です。既に多くの酒造場でこの米を使った醸造が行われ、品評会にも出品されて評価が高まっています。「大吟醸酒造りは不確定要素をなるべく避けたいので、新しい品種は参入しづらい傾向があるんです。主食用の米は新しい品種がどんどん生まれているけれど、現在も主流である山田錦は戦前、五百万石は昭和32年にできた酒米。そうした中で越淡麗は着実に実績を上げつつあります。山田錦は実績のある良い米ですが、越淡麗も早くこれを上回るレベルに到達して欲しい」と渡邊場長は話します。そして越淡麗が一気に広がったのには、業界を挙げて「オール新潟」に取り組む姿勢ができていたこと、試験醸造の過程で各酒造場が情報を共有できる環境が整っていたことの効果だと言います。醸造試験場と酒造場共同での商品開発は「あかい酒」(1970年)など既に実績がありますが、現在は酒粕を乳酸発酵させた食品の開発に取り組んでいます。

 さらには環境、文化など地域に根ざした取組。各酒造場によってさまざまですが、地域の水質を守る運動や、農業活性化、食文化や歴史文化のPR活動などを独自に繰り広げています。

 これらささまざまな取組によって目指しているのは「新潟清酒」のブランド化。「ボルドーやブルゴーニュなど、ワインは醸造元や銘柄ばかりではなく地域の価値も評価されます。自然環境や文化も酒の価値にしっかり含まれている。新潟も、『新潟産なら良い酒だ』と世界中から納得されるようになっていきたい」と渡邊場長は話しています。

新潟清酒を知るリンク

新潟県酒造組合
見学できる酒蔵一覧や2010年の酒の陣の情報が掲載されています。

坂口記念館
発酵の権威で上越市出身の坂口謹一郎氏を顕彰したミュージアム。

よしかわ杜氏の郷
新潟県上越市吉川区(旧吉川町)にある施設で、「酒蔵のある道の駅」としても知られています。
旧吉川町には、かつて多くの酒造技術者を輩出し、醸造科を有していた県立吉川高校がありました。

協力:新潟県醸造試験場

file-30 新潟淡麗~新潟清酒がおいしい理由~ 県立図書館おすすめ関連書籍

県立図書館おすすめ関連書籍

県立図書館おすすめ「新潟淡麗」関連書籍

 こちらでご紹介した作品は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。
また、特集記事内でご紹介している本も所蔵していますので、ぜひ県立図書館へ足をお運びください。

ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/

▷『新にいがた地酒王国』

(新潟日報事業社 2003 N588-Sh64)
 県内各地の酒蔵ごとに、その特徴と蔵を代表する一品を紹介しています。湯沢町の「ぽんしゅ館」など、おすすめスポットも紹介されていて、読むだけでほろ酔い加減になりそうな一冊です。

▷『新潟清酒達人検定 公式テキストブック』』

(新潟清酒達人検定公式テキストブック編集委員会/編 新潟日報事業社 2007 くらし588-N72)
 新潟清酒の魅力を伝えるべく、新潟の自然環境と清酒醸造業界に関する情報を一挙収載した一冊。新潟清酒達人たちのバイブルです。

▷『越後杜氏と酒蔵生活』

(中村豊次郎/著 とき選書 1999 郷土588-N37)
 酒造技能集団であった「杜氏」「酒男」に関する研究書。近世以降、各地に出稼ぎにでていった越後杜氏の生活など、その実像を知ることができます。

▷『ものづくりへの情熱』

(佐藤芳直/ほか著 芙蓉書房出版 2007 N588-Sa85)

▷『杜氏千年の知恵 米、水、人を生かし切る日本の酒造り』

(高浜春男/著 2003 N588-Ta31)
 ともに八海醸造の清酒「八海山」への熱い想いを語っています。『ものづくりへの情熱』では社長・南雲二郎氏がその経営哲学を語り、『杜氏千年の知恵』では、40年以上「八海山」の杜氏をつとめた名杜氏・高浜春男氏が、酒造りの技と心意気を訥々と語ります。

▷『嶋悌司 酒を語る』

(嶋悌司/著 朝日酒造株式会社 2007 N588-Sh35)
 著者の嶋氏は長年にわたり県醸造試験場に勤務し、新潟県の醸造業界を牽引してきました。紅麹かびを使った「あかい酒」や朝日酒造が社運をかけて作り出した「久保田」など、多くの新酒開発のエピソードはエッセイの域を超え、読み物としてもおもしろい一冊です。

▷『日本酒の古酒 古酒・熟成酒・貴醸酒』

(上野伸弘/著 実業之日本社 2008 くらし588-U45)
 日本酒といえば「杉玉と新酒」というイメージでしたが、なるほど「古酒」というのもあるんですね。本書は深遠な古酒の世界を垣間見ることのできるガイドブックといったところでしょう。新潟県からは「スキー正宗 華」「誉麒麟」などが紹介されています。

▷『おぽん酒びより』

(春日文庫 中島有香/著 春日出版 2009 くらしN596-N34)
 タイトルがなんともかわいらしい一冊です。新潟在住の料理研究家で利酒師でもある中島さんの日本酒と料理の本。美しく洗練された料理と新潟清酒に、中島さんが留学していたパリのエスプリを感じてしまうのは私だけでしょうか?

 

前の記事
一覧へ戻る
次の記事