file-38 伝統芸能を次世代につなぐ島「佐渡」~佐渡の伝統芸能と学校教育
佐渡の伝統芸能と学校教育
世阿弥によって大成した能。佐渡の人々にとって、能は「観るもの」だけでなく「やるもの」。
文弥人形、のろま人形など、佐渡では人形劇も有名。
佐渡各地の祭事には欠かせない鬼太鼓。地域や世代によって、振り付けや太鼓のリズムが違うという。
片野尾では歌舞伎も盛んに演じられている。
真野中学校文化祭「総合郷土」の発表会で演じられた鷺流狂言。年間15時間の学習時間の成果を披露する。
能の大成者・世阿弥が佐渡へ流されてから500年余り。能楽師出身の佐渡奉行・大久保石見守長安が能楽を奨励したことも大きく影響し、現在佐渡には日本国内にある能舞台の約1/3が集中している。その数およそ30か所。能舞台の多くは神社に建てられていることからも、人々から神事としても尊ばれていたと同時に、人々の身近にいつでもあり、みんなで守り継いでいく存在だったことは想像に難くないだろう。佐渡の能は人々の娯楽として愛されてきただけでなく、自らが演じ、守り抜いてきたということが、最大の特徴とも言える。
佐渡の郷土芸能と言えば人形芝居も有名だが、その中でも江戸の趣を感じさせる文弥人形を真っ先に思い浮かべる人も多いだろう。最盛期には40数座が存在したと言われ、元々は、新穂の須田五郎左衛門が京都から持ち帰った説教語りの人形を、演技しやすいように改良したものが用いられたそうだ。17世紀に全国的に流行した「文弥節」に合わせて演じる文弥人形は、佐渡の島民に広く親しまれていたが、大正時代末期ころから徐々に後継者が減っていったという。これを受け、30数年前に佐渡人形芝居保存後援会が設立されることとなり、国の重要無形民俗文化財に指定されたという歴史がある。
鬼太鼓も、佐渡にしかない独特の文化といえよう。相川で発生したといわれる鬼太鼓は、島内各地に受け継がれ、地域や世代によってリズムや鬼の舞い方、太鼓のたたき方が微妙に違っている。現在では100を超える保存会によって受け継がれており、各地のお祭りに登場し、その年の豊作や大漁、家内安全を祈りながら、家々の厄を払うために行われる。佐渡の祭りが「門付け芸」と言って、一軒一軒の家を周るのは、これが所以である。
また片野尾では歌舞伎も盛んだ。役者が来島した際に伝えられ、この地でひっそりと受け継がれてきたと言われる片野尾の歌舞伎は、2年ごとに公演が開催されており、1981年から子どもによる公演を行っている。ここでの特徴も、プロの演ずる有料公演ではなく、ムラの人々によって受け継がれてきた無料の出し物であるということ。
片野尾小学校では2002年7月に「白浪クラブ」が発足し、お年寄りや地域の大人に練習した演目を披露してきたという。演ずるものにとっても、観るものにとっても、もはや単なる娯楽としてではなく、地域の世代間交流を深める重要な位置づけになっているのではないだろうか。
いかに佐渡では、多種多様な芸能が人々の身近に存在し、人々の手によって受け継がれ、愛されてきたかがわかるだろう。
多様な郷土芸能が存在する佐渡島の小中学校では、総合学習の時間に「佐渡学」を学んでいる。1998年からの学習指導要領において、総合的な学習の時間が創設され、各学校の創意を生かした特色ある教育活動が期待されており、地域素材を有効に教材化しながら、学習を進めていくことを目標に、自然・歴史・文化など実に多岐に渡ったカリキュラムを展開している。特に伝統芸能では佐渡にしかない文弥人形や鷺流狂言、鬼太鼓などを扱う学校が多く、貴重な後継者育成の場となっている。
その取り組みは全国にも注目されつつあり、佐渡の真野中学校・小倉小学校の2校が、国立教育政策研究所「我が国の伝統文化を尊重する教育に関する実践モデル事業」のモデル校として選定されたという実績も持っているほど。
真野中学校では現在、総合学習の時間を「総合郷土」と称して、鷺流狂言、文弥人形、和太鼓などに取り組んでいる。特に鷺流狂言は全国でも、山口県、佐賀県と佐渡の真野にしか伝承されていないとされるほど、非常に貴重な郷土芸能とされている。
狂言には、鷺流の他に大蔵流、和泉流があり、江戸時代まではこの2つの流派と並ぶ狂言の3大流派の1つとされていたが、明治以降は衰退の一途を辿ることとなった。しかし1979年に鷺流狂言が真野に伝承することが専門家によって確認されたことを受けて、佐渡の鷺流狂言は宗家鷺流家元の直系を受け継ぐ狂言として一躍脚光を浴びることとなった。
教育委員会から中学校への働きかけもあり、2年後の1981年度から2人の講師を招き、中学校に鷺流狂言クラブを発足させ、活動を始めることになった。2001年度に必修クラブの活動自体が鷺流狂言クラブも含めて廃止となってしまったが、地域の人々や狂言を学んでいた生徒たちから、「郷土の伝統芸能を消さないでほしい」との強い要望があり、総合学習の時間に組み込むことが検討され、「総合郷土」の一分野として存続することが決定した。現在に至るまで、毎年文化祭では生徒の手による演目が発表されている。
また学校全体で鬼太鼓の稽古に励む小倉小学校では、1974年から実践を継続しており、今年2010年で37年目となる。もともとは中学年の文化祭での発表項目であったが、非常に好評であったため、学校の職員、保護者、地域の指導者が一体となって、次年度から継続して指導に当たることとなった。現在は全校児童13人で鬼太鼓の練習に励んでいる。練習の成果を小倉例祭や文化祭などで披露しており、国内だけでなく海外からのメディアからも多く取材を受けてきた。長きに渡るこうした継続した取組からは、学校は地域文化継承に関しても、重要な役割を果たしていることがわかる。
file-38 伝統芸能を次世代につなぐ島「佐渡」
伝える人びと ~郷土芸能の魅力を伝える大人の想い~
伝える人びと ~郷土芸能の魅力を伝える大人の想い~
個性を大事に
演目「屋島の合戦」で主役の義経を演じる中学生。舞台袖では講師の川野名さんが心配そうに見守る。
真野中学校「総合郷土」の時間に、文弥人形の講師を務める、真明座座長で佐渡市文弥人形芝居佐渡博物館芸能員の川野名孝雄さんが、特に大事にしているのは、子どもの個性。「子どもにはそれぞれ個性がある。その個性を生かせるような配役を割り振っている。個性を生かして役になりきってもらいたい。たとえ本番でうまくいかないことがあっても、それも個性」だと語る。中学生は、勉強のほかにもいろいろやることがあって忙しいだろう、と気を配りながらも、「卒業時には文弥人形に取り組んできたことを誇りにしてほしい。たとえ他の地域に行っても佐渡に帰ってきたときには、私たちの後を継いでもらいたいと思っている」と本音を覗かせた。
また国の重要無形民俗文化財に指定されていることを踏まえ、「佐渡の宝であるので、佐渡からなくしてしまうことは絶対にしてはいけない。そのことを肝に銘じて頑張ってもらいたい。そういう気持ちでいつも心を込めて教えている」と優しげな表情の中にも、教え子に対する強い気持ちが見え隠れしていた。
後継者育成の難しさ
2002年から鷺流狂言の講師を務める北村和雄さん。「有能な人ほど島外へ出て行ってしまう」と後継者不足を嘆く。
2005年から同じく鷺流狂言の講師を務める本間裕亨(ゆうこう)さん。文化財保護にあたっては国からのテコ入れが必要、と話す。
真野中学校では、先述したとおり鷺流狂言にも力を入れている。現在は北村和雄氏、本間裕亨(ゆうこう)氏の2人を講師として迎えており、北村氏は「総合郷土」の時間が始まった2002年度から、また本間氏は2005年度からそれぞれ講師を務めている。実際に舞台には立たないが、中学校の他にも公民館で講師を務めたりするなど、鷺流狂言を絶やさないように日々活動に取り組んでいる。子どもだけでなく、大人の余暇時間を使った趣味の活用にも一役買っていると言う。
しかし、佐渡では人口が少なくなってきていることもあり、担い手不足が深刻となっている。子どもの数そのものが減っている中、島外へ出てしまうものも多く、人口減少に歯止めがかからない。北村氏は「昔と違って他に遊ぶところもあるし、後継者育成は大変」と語る。本間氏は、佐渡が市町村合併し一島一市になったが、全島へ向けた取り組みがいまだ不十分であり、真野地区でしか活動できないのが残念で、文化財保護や後継者育成に対して、国を上げて支援するべきだと語った。
鬼太鼓の魅力を感じ、故郷に誇りを
全校児童13人で取り組む小倉子ども鬼太鼓。稽古の時は、自然と上級生が下級生に教えるという役割分担ができているという。
小倉子ども鬼太鼓指導者の余湖(よご)孝之さん。自身も在校中には鬼太鼓を習っていた小倉小学校の卒業生。
真野中学校と同じく佐渡島内で「我が国の伝統文化を尊重する教育に関する実践モデル事業」のモデル校に委嘱された小倉小学校では、「子ども鬼太鼓育成会」が結成され、郷土芸能継承の一旦を担っている。近くにある物部(ものべ)神社の伝統であった鬼太鼓を、学校の文化祭で発表したのをきっかけに、37年間学校、保護者、地域が一体となって取り組んできた。総合学習時間が削減された現在では、練習は土曜日も含めた月2回。2年後の平成24年度には畑野小学校へ統合されるということもあり、学校としての取り組みから地域全体への取り組みへ移行している最中である。この地域でも人口減少による担い手不足は深刻で、育成会指導者の、余湖(よご)孝之さん、田中一広さんらも懸念の表情を隠せない。自身も在校中に鬼太鼓を習っていた小倉小学校の卒業生でもある。
田中さんは「自分たちも小さい頃そうだったが、伝統文化を受け継ぐということは考えずに、自然にそれが好きで、自然に覚えて、大人になってやっていくんだ、とごく当たり前に思ってきた。伝統だ、伝統だと押し付ければ、かえって嫌がる子どもも出てくる。ごく自然の感覚で取り組んでほしい」。自分にできることは「鬼太鼓の魅力を伝えること」。そうすれば自然に子どもたちも興味を持つのではないだろうか、と話す。
余湖さんは「都会に憧れることもあるだろうが、やはりここが故郷だと思ってほしい。そしてここが住む場所だと思ってほしい。文化は地域のみんなで守っていくものだから」と地域一体となって鬼太鼓を守っていくべきだと、語ってくれた。
祭りは地域のバロメーター
佐渡の祭りや芸能を記録保存しているNPO法人佐渡芸能伝承機構の代表である松田祐樹さんは、佐渡の魅力はそういった小さな集落だと思う、と語る。集落ごとにいろんな顔があって、文化がある。「佐渡の祭りは地域のバロメーター」。鬼太鼓一つとっても、地域によって太鼓のたたき方、鬼の舞い方が違う。受け継ぐ世代によっても微妙に違ってくるという。
「『伝統』という言葉は使わない。絶対変わっていくものだから。その地域の状況も違えば、その時代の生活習慣も変わっていく。人から伝わっていくものというのは、それに応じて、型に捉われることなくその時代時代で変わっていくもの。地域の芸能というのは、地域の方言と同じ。言葉なんですよ。」
子どもたちの数は減っているものの、だからこそ自分たちの地域の芸能に誇りを感じ、想いのある子は逆に増えていると感じている。『佐渡の祭りや鬼太鼓を引き継いでいきたいから、佐渡の自分の集落に残るんだ!』とかっこいいことを言っている子が多いよ。」と、うれしそうに顔を綻ばせていた。
担い手不足が叫ばれる中、頼もしい次世代が着々と育っているのも、またうれしい事実のようだ。
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引き継ぐ人びと ~次世代を担う頼もしい子どもたち~
引き継ぐ人びと ~次世代を担う頼もしい子どもたち~
今の時代にあったやり方を
舞台中央で青い袴を着て座っているのが、二郎冠者。学校で狂言を演ずる時は、ちょっと緊張するという。
小倉子ども鬼太鼓での鬼の舞。主に鬼の役を演ずるのは男子。
篠笛を吹くのは女子。鬼の舞を引き立てる重要な役目。
真野中学校の文化祭で「附子(ぶす)」の二郎冠者を演じた中学2年生は、学校の総合郷土の時間で鷺流狂言に取り組む傍ら、小学校4年生の頃から自身で能を習っている。実家は佐渡に現存する最古の能舞台がある大膳神社。そのため、小さいころから当たり前のように能を聞いており、自然と興味を持つようになったという。「生まれた瞬間から聞いていたので、近くで能をやっていても全然不思議ではなかった。能を聞きながら育ったので、よく稽古にお邪魔しに行っていたら、小学校3年生ぐらいのときにやってみないかと声をかけられて。」と能がごく身近な存在にあり、自然と取り組むようになった経緯を話してくれた。子どものころから能を本格的に実践しているのは、家元に生まれた子ども以外では、非常に珍しいケースと言えよう。佐渡ではそれだけ芸能が庶民の身近にあり、浸透しているということが改めて感じられる。
しかし将来に向けて不安も少なからず抱えている。「伝統芸能は守るだけじゃダメだと思う。ずっと同じことを何百年もやってきても、今の人は見方が違ってきている。それを面白いと思う人は数少ないだろうし、今の時代に合ったやり方を考えていかないと、伝統芸能というのは伝えられないのではないかと思う。」
能を舞い始めて約4年。能や狂言を通じて培った熱い想いは、強い眼差しから痛いほど感じることができた。
伝統芸能のDNAをつないでいきたい
真野中学校文化祭で文弥人形「屋島の合戦」を演じる中学生たち。人形を通じて演じることに魅力を感じているという。
また同じく真野中学校に通い、総合郷土では文弥人形に取り組み、今年の文化祭演目である「屋島の合戦」で弾正太郎を演じた中学生は、次世代へ文化を継承していくことに対して次のように話してくれた。「ちょっと『かけら』を残すことしかできないかもしれないけど。植物などもそうだが、なにかしら血やDNAなどで繋がってきて、それで今の僕らがあるわけですから。昔の人がそれこそ死に物狂いで守ってきてくれたわけだから、僕たちも引き継いでいきたいなと思っています。」と昔の人たちの想いを感じ、自らへ課せられている責任を理解しながら、将来への抱負を語ってくれた。
若者の個性や想いを大事にしながら、時には自分が子どもだった頃を思い出して、昔から今に伝わる郷土の想いを、子どもたちに受け継いでもらいたいと、指導に当たる大人たち。そんな大人たちの想いをくみ取り、将来を見据えながら、一生懸命に稽古に励む子どもたち。
次世代に継承する郷土芸能は、世代をつなぐだけでない。地域をつなぐ大事な絆の役割を果たしている。一旦島外へ出てしまっても、祭りの時には佐渡に戻ってきて、祭りを盛り立てる、といった光景もよく見られるそう。郷土芸能は島外から若者を呼び戻すパワーも持ちあわせているようだ。
時代を超え、生活習慣も地域に住む人々の価値観も変化し、島外からの文化も吸収して、さまざまにスタイルを変化させてきた郷土芸能。時代を経た今日でも変わりなく受け継がれていくもの ― それは祭りや芸能を通して表現される「郷土愛」という魂に他ならない。
参考文献
▷ 小倉子ども鬼太鼓三十周年記念誌(佐渡市立小倉小学校)
▷ 「佐渡の歴史と文化」佐渡学センター
▷ 社団法人 佐渡観光協会
▷ 真野中学校の鷺流狂言について(佐渡市立真野中学校)
写真・取材協力
▷ NPO法人 佐渡芸能伝承機構
▷ 佐渡市立小倉小学校
▷ 佐渡市立真野中学校
▷ 社団法人 佐渡観光協会
関連リンク
▷ 佐渡の伝統芸能・祭り情報については、こちらでも検索できます
新潟県観光協会サイト『にいがた観光ナビ』
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(学校図書/編・出版 2006.年発行 請求記号:N29*4/G16 )
佐渡で教育の一環として行なわれた伝統文化や環境を守るさまざまな取り組みをまとめた1冊。小倉小学校の鬼太鼓が取り上げられています。子どもたちの一心に舞う姿や合間に見せる無邪気な表情が印象的です。
▷『佐渡芸能史 上・下巻(佐渡歴史文化シリ−ズ第6)』
(田中圭一/編 中村書店出版 1977年発行 請求記号:N /385 /Ta84 )
「芸能の島」とも呼ばれる佐渡の多種多彩な郷土芸能。古より脈々と受け継がれてきたそれらの歴史をまとめたアカデミックな一冊です。
ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
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