file-71 にいがたの発酵文化 前編

  

発酵食王国、にいがた

にいがたの風土と技が育てた発酵文化

渡辺聡さん

新潟県農業総合研究所 食品研究センター 専門研究員 渡辺聡さん
味噌や醤油、納豆など菌を使った加工食品について指導研究をされています。味噌汁は、市販のアミノ酸飲料と比べて含有量が多い、元祖アミノ酸食品と話す渡辺さんは、具だくさんな味噌汁がお好きだそうです。

新潟県農業総合研究所 食品研究センター

加茂市にある食品研究センター。昭和16年に県立農村工業指導所として農業者をバックアップしようと始まり、現在は企業や各種機関などと研究開発を行っています。

 米や大豆が豊富に育ち、冬の適度な降雪と寒さもある新潟県は、味噌、醤油、納豆、清酒といった伝統的な発酵食の文化が発展してきました。
 「新潟は米などの良い原料があって、まずはそこからスタートしている。また、寒すぎず、夏も温度が上がり過ぎない気候も発酵食品を作るのに適しています。そのような必然性があって、さらにおいしいものを作ろうと技術力も高めてきました」と話すのは、新潟県の食品研究センターの専門研究員、渡辺聡(さとし)さん。
 麹(こうじ)や発酵菌が関与するものを発酵食品と呼びますが、日本の発酵食品は麹が重要な役割を果たしています。酵母や乳酸菌は直接デンプンを分解することができないため、麹菌が最初に甘い糖分に分解したのち、酵母や乳酸菌で発酵するのです。

にいがたの発酵食品、おいしさの秘密

越後味噌

良い麹を使いじっくりと発酵した越後味噌。味噌がなめらかでしゃもじ離れがいいことも利点の一つ。

大粒納豆

肥沃な土壌で大粒の大豆が採れた新潟では、納豆も大粒で豆の味も楽しめるのが魅力です。
※写真はイメージです

 新潟県の味噌は「越後味噌」として、全国的にもその名が知られています。渡辺さんは、越後味噌の特徴を二つ挙げてくれました。一つは、米どころである新潟県は、昔から良い米を使って、丁寧に米麹を造っていたこと。また、大豆も豊富にあったため、みそ玉(大豆麹)も併用してよりおいしくする工夫もしてきました。良い麹で仕込んだ味噌は、新潟の冬から春先の適度な寒さの中でじっくりと発酵していきます。
 もう一つは、大豆を「半煮半蒸し(はんにはんむし)」というやり方で仕込んだことです。これは文字通り半分煮て、半分蒸すというもの。煮ることも、蒸すこともそれぞれ利点と欠点があります。豆を長時間煮ると、大豆が持っているうま味が抜けていきますが、色は白くなります。一方蒸すことで、流出する成分は少なくなりますが、色は黒っぽくなります。昔から良い麹を使い、半煮半蒸しという方法で造った越後味噌は、大豆の色も美しく、味もあるというバランスの取れた味噌だといえるのではないでしょうか。
 上越地域に昔から伝わる「浮き糀(うきこうじ)味噌」は、味噌汁にすると米麹がふわりと浮く味噌。繊細な作業で造られた良質な麹は、発酵の過程で米の中身が溶け出し、袋だけが残って浮くことからその名が付いた、伝統の味です。
 そのほか、醤油や納豆など新潟県の発酵食品は、全国の鑑評会でも受賞歴が多くあります。東日本の醤油というと、色の濃い濃口醤油が一般的ですが、新潟県では、素材を活かした魚介類の加工品などに淡口(うすくち)醤油の需要があり、淡口でもしっかりと味のあるものが求められました。その結果、全国的にも淡口醤油の評価が高く認められています。
 納豆は、納豆菌の力で大豆を発酵させたものです。納豆菌は主に大豆の表面で増えていくため、一般的に大粒大豆より小粒の方が納豆独特のうま味が強いといわれています。ですが、新潟では米と同様に大豆も大粒のものが採れたため、納豆も大粒大豆で造られるものがあります。大粒納豆は、納豆の風味だけではなく、大豆の味も楽しめる「二度おいしい」魅力があります。
 魚沼地域で食べられている郷土料理「きりざい」は、納豆に刻んだ漬け菜を混ぜて白ゴマをかけたもの。肉があまり手に入らなかった時代に、たんぱく質豊富な納豆を工夫して取り入れた冬のごちそうでした。また、納豆に米麹や塩などを加えて熟成させた「麹納豆」も納豆を長く食べるために考えられた先人の知恵が生かされています。
 このように、良い原料と気候と技術が一体となって発展した新潟の発酵文化。伝統的な発酵食品のおいしさを改めて味わってみたいものです。
 「ごはんと味噌汁に魚や漬物などをいただく食事をしていたから、今の高齢者の寿命が長いのではないか。新潟県は良質の素材があり、発酵食品も加工品も良いものがたくさんあるので、おいしく食べてほしい。そのためにこれからも研究を続けていきたい」と渡辺さんは語ってくれました。
    

 

地域の昔ながらの発酵食品

 発酵文化といえば、各地域の家庭で作られてきた漬物はどんなものがあったのでしょうか。食品研究センターの西脇俊和さんによると、「新潟は海が近く、塩がたくさんあったので、発酵というよりは塩漬けの文化だったんです。ですが、米などを加工した際に出る副産物である、米ぬかや麹、酒粕などで漬けたものとして、たくあんやぬか漬け、麹漬けなどがあります」とのこと。
 たくあんは、野菜が少なくなる冬の保存食として各家庭で作られてきました。気温の低い時期に長期間保存したことで、結果的にゆっくりと乳酸菌発酵して、味の変化を楽しんでいたようです。赤塚地域(新潟市)では、古くから大根の栽培が盛んで、新潟湊の交易品としてたくあんや味噌漬けが特産品となりました。
 塩と同様に魚介類も手に入りやすかった新潟県では、「すし」の原点ともなる発酵食品が伝承されています。村上地域に伝わる「飯(いい)ずし」は、すし桶に笹の葉、ご飯と麹を合わせたもの、大根などの野菜、鮭やマスなどを重ね入れて熟成させたお正月料理です。魚沼地域では、身欠きニシンや大根、米、麹、塩で作る「にしんだいこ」も郷土料理として有名です。
 そのほか、新潟ならではの発酵調味料として人気が高いものに新井地域(妙高市)の「かんずり」があります。毎年冬になると、真っ白な雪原に唐辛子をさらす光景が風物詩として紹介されているのを目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。塩漬けした唐辛子を雪にさらすことで、塩分やアクが抜けると考えられた、雪国ならではの伝統の技です。
 魚沼地域の伝統野菜、神楽南蛮(かぐらなんばん)は唐辛子の一種で、ピーマンのような型と、ほどよい辛みが特徴です。これを細かく切って塩や米麹を加えて熟成させた「なんばん麹漬け」は、熱々のご飯との相性が抜群です。
 このように、新潟県では昔から麹を使って、各地域のふるさとの味を作り出してきました。

唐辛子雪さらし

唐辛子と塩、ゆず、麹を原料に、3年かけて作られる発酵調味料。現在では、(有)かんずりが、その製法と味を守っている。

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醸造の町、摂田屋に続く発酵文化

摂田屋の昔ながらの手造り味噌

味噌星六

味噌 星六 代表取締役、摂田屋まちづくり協議会会長、星野正夫さん
麹にエネルギーをもらって元気になるという星野さん。星六の味噌は、県内のみならず、全国にファンが多い。洋画家・中川一政氏が書いた看板の前で
 

    
「こだわり」シリーズ

「こだわり」の1年もの、2年もの、3年もの。熟成の年数によって、色や味わいの変化があることも魅力です。3年もので作る、しじみやなめこの味噌汁が好きだと星野さん。

 新潟県内には、醸造メーカーが集まり、発酵食品の紹介や地域活性化に取り組む会があり、活発に活動しています。新潟市の沼垂(ぬったり)地域、上越市、そして長岡市の摂田屋(せったや)地域。それだけ新潟県は発酵食の文化があり、長く続いてきたのではないでしょうか。
 長岡市摂田屋で、昔ながらの味噌を造る「味噌 星六(ほしろく)」の星野正夫さん。星六は、手造りにこだわる味噌屋さんです。星野さんは、「昔ながらの重い香りの味わい深い味噌を造りたいんです。味噌汁にして飲むと、ほっとして疲れまで癒してくれるような、田舎を思い出すような味噌を目指しています」と穏やかな表情で話してくれました。
 星六の「こだわり」というシリーズは、その名の通り原料選びから製造方法まで星野さんの思いがこもった味噌です。原料には、国産の化学肥料・化学農薬不使用の大豆と米、伝統塩を使っているほか、種水には山で汲んだ水を入れるそうです。大豆は蒸して、うま味やアクの一部も大豆の中に封じ込めて、豆の味を生かします。米麹を少なくして、豆麹も加えることで、しっかりとした味わいの味噌が出来上がります。
 「だしを入れなくても、味噌の味でおいしい味噌汁になるような、そんな味噌になったら。熟成の年数によっても味わいが違うので、使いわけて楽しんでほしいですね」と語る星野さんの好きな味噌汁は、ねぎやとうふなどあっさりとしたもの。冬になると、酒粕と味噌、タラが入った、タラの粕汁も飲みたくなるそうです。
 

摂田屋の歴史ある町並みを楽しむ

サフラン酒本舗

左官職人・河上伊吉が大正末期に完成させた鏝絵。「醸造の町摂田屋まちおこしの会」による、蔵の清掃や保全活動が行われている。
 

摂田屋の旧三国街道

星野さんもおすすめの、摂田屋地域の町歩き。事前申し込みがあれば、ボランティアガイドによる見どころ案内も可能。問い合わせは、(一社)長岡観光コンベンション協会 電話0258-32-1187
 

 摂田屋は、古くから信濃川の舟運の港として、また三国街道と北陸街道の合流地点として栄えたと言われています。この町に醸造メーカーが集まった理由として、冬の寒さにより空気が清浄で、信濃川の豊かな水と米がある、という風土としての要因と、徳川家の天領地で地代が安く、広い土地が必要な醸造蔵にとって魅力だったことが挙げられます。摂田屋の地名は、この地にあった、山伏や僧侶の休憩所だった「接待屋」に由来するといわれています。
 現在は、吉乃川株式会社(清酒)、越のむらさき(醤油)、星野本店(醤油・味噌)、長谷川酒造(清酒)、機那(きな)サフラン酒本舗(サフラン酒)、星六の6軒の蔵元があり、中でも機那サフラン酒本舗の蔵の鏝絵(こてえ ※注)は、国の登録有形文化財に指定されており、動物や霊獣、植物が美しく描かれています。街道を歩けば、稲荷神社や歴史ある蔵の建物を目にすることができます。
 摂田屋の醸造メーカーや地域の人たちは、このような貴重なまちの宝を大切に守り、個性あるまちづくりを目指して活動を続けています。企業や大学とも連携をして、保全活動やまち歩きイベントなどを行うほか、今後は、機那サフラン酒本舗の建物や庭園の保存活動、街道や地域内の公園の美装化事業に取り組む予定があるそうです。そのほかにも、事前に申し込みをすれば、ボランティアガイドが各蔵の見学や、見どころを案内してくれるそうです。
 伝統を守りながらも、新たな魅力も生み出している、新潟の発酵文化。あなたのお住まいの町にもがんばる蔵があるかもしれません、一度探してみませんか? そして、体も心も温まる発酵食品でにいがたの冬を元気に過ごしましょう。

※注 鏝絵(こてえ):土蔵の壁や民家の母屋などに、左官職人が漆喰で様々な意匠を描いたもの。
  

  
  

<参考ホームページ>

  

▷ ・新潟県農業総合研究所食品研究センター

▷ ・有限会社かんずり

▷ ・味噌 星六

▷ ・一般社団法人 長岡観光コンベンション協会

 


■取材協力
渡辺聡さん(新潟県農業総合研究所 食品研究センター専門研究員)
星野正夫さん(味噌 星六 代表取締役、摂田屋まちづくり協議会会長)

■写真提供
有限会社かんずり
一般社団法人 長岡観光コンベンション協会
■参考文献
『食は新潟にあり ―新潟の風土・食・食文化―』本間伸夫著(新潟日報事業社刊)

 

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県立図書館おすすめ関連書籍

「もっと詳しく知りたい!」、「じっくり読みたい!」という方、こちらの関連書籍はいかがでしょうか。以下で紹介しました書籍は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。ぜひ、県立図書館へ足をお運び下さい。

▷『発酵食品の科学』

(坂本卓著/日刊工業新聞社/2012年)請求記号:588/Sa32
 「発酵食品」と聞いてすぐに思いつくものにしょうゆ、みそ、納豆、酒などがあります。また、チーズやヨーグルトも私たちの食卓ではおなじみです。さらに、意外なところでは紅茶やナタ・デ・ココも発酵食品です。
 本書は日本や世界の発酵食品や発酵のメカニズム、発酵工業の発展などがわかりやすく解説されています。随所に挿入された「コラム」には「酒屋のしきたり」、「うどんのコシ」など、知っていると楽しい豆知識も掲載された1冊です。

▷『漬けるだけ発酵食レシピ:おいしくて簡単で体にいい!』

(安保徹、山田奈美著/アスペクト/2012年)請求記号:家庭596 /A14
 健康に良い食品、それも簡単に摂れるとなれば、ぜひその料理のレシピを知りたくなります。本書は免疫学者の安保徹氏と薬膳などを研究している山田奈美氏が、発酵食品のレシピを紹介した1冊です。
 寒い季節に食べたくなるような「さつまいもの甘酒スープ」「酒かす鶏とかぶの煮物」など体が温まりそうなレシピのほか、塩麹、みそ、しょうゆ、酢を使ったレシピが紹介されています。また、発酵食品と免疫力の関わりについてもわかりやすく解説されています。

▷『愛酒楽酔』

(坂口謹一郎著/講談社/1992年)請求記号:N 911.1/Sa28
 上越市出身の坂口謹一郎氏は発酵学、微生物学の権威として知られています。
 本書の主な内容は、著者の研究分野であった酒にまつわるエッセイと短歌「愛酒楽酔」と、自伝「私の履歴書」で構成されています。「酒博士」の生い立ちや研究内容などがわかる1冊です。

 このほか当館では、著者の『日本の酒』岩波文庫(岩波書店/2007年)なども所蔵しています。併せてご覧になってみてはいかがでしょうか。


ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/

 

 

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