新潟大学 日本酒学センター 産学地域連携棟

file-167 目指すはSAKEの銘醸地・NIIGATA 新潟県産日本酒の未来を訪ねる(前編)

 全国有数の酒どころとして知られる新潟県。令和6年(2024)現在、新潟県内には国内最多の89もの酒蔵があります。新潟大学では、新たに「日本酒学」を創設し、令和3年(2021)には「日本酒学センター」を開所しました。一体どんな研究をしているのか、現場を訪ねてきました。

新潟から生まれた世界初の学問領域「日本酒学」

 新潟大学五十嵐キャンパス(新潟市西区)の西門を入ってすぐの場所にある、コンクリート打ちっぱなしのモダンな建物が日本酒学センターです。エントランスに着いてびっくり、酒蔵で見かける杉玉が吊り下げられています。

 「ようこそ」とオリジナルのはっぴ姿で出迎えてくれたのは、副センター長の岸保行さんと、推進室長の小野佳子さん。岸さんは経済科学部の准教授でもあります。

新潟大学日本酒学センター副センター長の岸保行さん(左)と、
推進室長の小野佳子さん

 日本酒学(Sakeology、サケオロジー)とは、日本文化や伝統に根ざした日本酒に対象を絞り、醸造・発酵、歴史、文化など広範な学問を網羅する「対象限定・領域横断型」学問のこと。岸さんによると、平成28年(2016)に新潟大学農学部と経済学部の関係教員が検討を重ねたことがきっかけとなって生まれたもので、世界初の学問領域とのことです。

日本酒学といってもさまざまな研究テーマがあります
(新潟大学日本酒学センター公式サイトより)

 日本酒学センターは学長直下の組織で、所属しているスタッフは全員各専門分野のプロフェッショナル。「専任教員は11名ですが、全学部から約50人もの協力教員がサポートしてくれています」と岸さん。人文学部から医学部まで10学部を備えた総合大学ならではの強みを生かし、新潟県や新潟県酒造組合とも連携して幅広い活動を行っています。

試験醸造室の研究現場に潜入!

酵母遺伝学が専門の特任助教・西田郁久さん

 日本酒学センターでは、「教育」、「研究」、「情報発信」、「国際交流」の4つを柱として活動に取り組んでいます。
 今回は「研究」について注目しました。日本酒学センターでは、岸さんをはじめ、経済や社会・歴史・文化といった側面から研究する「社会・文化ユニット」、酵母・米・水に関する研究を行う「醸造ユニット」、さらには、アルコール摂取と糖尿病などの病気に関する研究や、日本酒醸造で産出される成分と健康作用に関する研究を行う「健康ユニット」に分かれています。

 「醸造ユニット」のメンバーが活動している試験醸造室を訪ねました。特任助教の西田郁久さんが「比べてみますか?」と保冷庫から出してきたのは3つのビン。乾燥米麹、α(アルファ)化米、仕込水に清酒酵母を添加して発酵させた実験用の「もろみ」で、日本酒の試験醸造に欠かせない存在です。
 似たような見た目ですが、日本醸造協会の協会7号、協会1801号、そして新潟清酒酵母という種類の異なる酵母を使用していて、それぞれ味わいと香りが異なります。実際に香りをかがせてもらうと、協会7号の酸のある華やかさ、協会1801号のエレガントさ、そして新潟清酒酵母のやさしい香り、とそれぞれ個性がありました。「同じように仕込んでいても酵母の種類を変えることで酒質も変わるのです」と西田さん。「大学で栽培し、収穫した米で試験醸造も行っています」。植物栄養学が専門の特任助教・宮本託志(たくじ)さんらとの共同研究では、出穂前のイネに施される窒素肥料(穂肥窒素=ほごえちっそ)が日本酒醸造に及ぼす重要性も明らかにしています。

もろみが入ったビン

試験醸造で用いる米、米麹、仕込水、清酒酵母、上槽用ボトル
左上と右上のシャーレは清酒酵母を寒天培地で培養した様子
右上は寒天培地に「日本酒学」と描いて清酒酵母を培養したもの
左下と右下のシャーレにはそれぞれα化米と乾燥米麹が入っています

 続いて案内してもらったのが「日本酒と食品の美味しさ解析室」。アルコール度数などの一般成分や香気成分など、日本酒の味や香りに関わる成分を分析するために、さまざまな測定機器が置かれています。

ガスクロマトグラフ装置で日本酒の香気成分を測定する西田さん

 アルコール度数と日本酒度を同時に測定できる装置もあります。例えばよく聞く「日本酒度」。比重が大きいものは-(マイナス)で甘口、軽い場合は+(プラス)で辛口とされています。日本酒の辛みには酸も関わり、また旨みには酸やアミノ酸などが関わり、さまざまな成分が作用することで日本酒の複雑な味わいが楽しめるのです。
 日本酒学センターでは、これらの分析機器を用いた測定結果と官能評価(利き酒)を組み合わせ、さまざまな醸造特性を持つ酵母の基礎研究や品種改良を進めています。

最近の新潟清酒のトレンドは「高付加価値化」

岸さんは人的資源管理論、日本酒に特化した酒蔵組織のイノベーションや、
日本酒産業の構造転換に関する研究を行っています

 岸さんに、マーケティング視点で最近の新潟清酒の現状を聞くと、「国内の生産量が減少し市場が縮小する一方で、海外への輸出が伸びています」といい、コロナ禍で外出できなかった期間も輸出は好調でした。県内をはじめ全国の酒蔵では、消費量が減少する中で、付加価値の高いお酒を積極的に作るようになっているそうです。
 さらに、原料米は契約栽培だけでなく、県内でも酒米を酒蔵が自家栽培するところが増えているそうです。原料米に付加価値を高める取り組みがここ10年ぐらいで盛んになってきていて、例えばスパークリングタイプの日本酒など、新しい製品開発を行っている酒蔵も増えているとのことです。
 新潟清酒といえば、かつては「淡麗辛口」が代名詞でしたが、近年では味わいも多様化しています。最近では生酛(きもと)づくり、山廃(やまはい)づくりといった伝統的な造り方で付加価値を高める試みも行われるようになってきました。岸さんは、「日本酒醸造は技術的にはかなり確立されてきましたが、あえて昔ながらの造りに戻ることで、日本酒のもつ伝統や文化の側面を前面に出した製品開発も盛んに行われるようになっています」と語ります。

 一方で、日本酒の展開には課題もあるようです。「国内市場を拡大させるためには知識が豊富で熱心な日本酒愛好家を核にしつつ、新たな日本酒ファンを獲得し、すそ野を広げる活動も必要でしょう」と岸さんは指摘します。県内では代替わりや事業承継などで若い造り手や蔵元が増えてきており、今後益々新しい展開が期待できそうです。

ゆくゆくは「日本酒の銘醸地=新潟」に

年に1度、日本酒学センターが主催している「日本酒学シンポジウム」
(新潟大学日本酒学センター提供)

 新潟大学日本酒学センターはワインの銘醸地・フランスのボルドーにあるボルドー大学、アメリカ・ナパバレー近郊にあるカリフォルニア大学デービス校とも連携し、海外における日本酒の位置づけなども研究しています。

 「日本酒とワインは同じようなアルコール度数の醸造酒で、さらに同じ食中酒として消費されるため、海外ではワインの文脈で日本酒を理解しようとする傾向があります」と岸さん。「例えば、日本酒と料理の組み合わせであればマリアージュ、原料米が栽培される土壌やその場所の気候の視点からはテロワールといった具合に、ここ10年の間にワインの販売や生産戦略を参考にした新しい展開が日本酒業界では見られます」と教えてくれました。
 ただ、現在、欧米をはじめとする海外で日本酒が飲める場所は日本食レストランぐらいだそうで、ジャパニーズ・ウイスキーがパブやバーなど多くの場所で取り扱われるようになったのに比べると、日本酒はまだまだで、最近では海外で現地の人が酒蔵を造って酒造りをスタートするケースが増えているとのこと。レストランのソムリエが日本酒に興味を持ちはじめ、日本食レストランはもちろん、それ以外の現地のローカル・レストランにも置かれるようになると益々市場が拡大していくと期待しているそうです。

 日本酒学センターの今後の大きなビジョンとしては、「日本酒の銘醸地=新潟」を目指したいと話す岸さん。「例えばワインと言えばボルドー、ブルゴーニュがおなじみですし、スパークリングであればシャンパーニュといったように、新潟がSake(日本酒は海外ではSakeと呼ばれている)の銘醸地として認識されて、『Sakeといったら新潟、Sakeを体系的に学ぶなら新潟大学日本酒学センターだよね』と言ってもらえるように、産官学で盛り上げていきたいですね」。

 日本酒は日本の伝統や文化などが埋め込まれているキラーコンテンツでもあり、今後は酒蔵ツーリズム研究や健康と飲酒との関係の研究など、あらゆる側面から取り組み、日本酒学といえば新潟大学と言われるようにしていきたいと岸さんは話していました。
 後編では、業界がどのように日本酒を盛り上げているのか、「にいがた酒の陣」など消費者と蔵元をつなぐ取組を紹介します。

イベントの時は蛇口をひねると日本酒が出てくるのだとか

展示コーナーは誰でも見学可能。(平日9時~17時)
※試飲はありません

展示コーナーには県内酒蔵のボトルがズラリ
税務署の管轄ごとに並べられています

 

【参考】
新潟大学日本酒学センター

【取材協力】
新潟大学日本酒学センター
准教授・副センター長 岸保行様
特任助教 西田郁久様
推進室長・特任教授 小野佳子様

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