第46回 鉄道遺構サイクリング【久比岐自転車道】〜後編

実際に走って、見て、知る鉄道遺構・久比岐自転車道【後編】

久比岐自転車道で鉄道遺構を探す【その2】
どこからでもスタートできる久比岐自転車道

 久比岐自転車道の良いところは、途中にいくつも休憩場所と道の駅があり、レンタサイクルポイントがあるところ。一度に全ルートを走らなくても、道の駅に車を駐車して、レンタサイクルで何日かに分けて走ることもできます。前編は糸魚川からスタートし、途中で有名な能生白山神社や迷宮のような集落、能生小泊に寄り道して見学して、百川トンネルまでを走りました。今回はその後編です。

※令和6年能登半島地震の影響で、一部通行止め区間があります。出掛ける前に、必ず最新情報を確認しましょう。
●久比岐 凜(久比岐自転車道PRキャラクター)
https://x.com/kubiki1010
●久比岐自転車道イベント・ニュース
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/kubiki-cycling-road/
●久比岐自転車道ホームページ
https://www.hrr.mlit.go.jp/takada/kubikicycling/


鉄道遺構その4●大抜トンネル


 大正元年(1912)完成の「大抜(おおぬき)トンネル」。全長391メートルですが、幅が3メートルと、他のトンネルに比べて狭いイメージ。上越側の入口の左側に「時計をみよ 徒歩6分」と昔の表記が残っています。

鉄道遺構その5●鳥ケ首(とりがくび)トンネル


 完成は明治44年(1911)。切り立った岬の断崖にある全長73.7mの小さなトンネル。一部はコンクリート製のシェッド(落石覆い)になっていて、入口を見ると廃墟のようですが、内部にイギリス積みの煉瓦が見える部分があり、煉瓦のトンネルなのだと分かります。 久比岐自転車道の中で最も海に近いトンネルで、シェッドの小窓から迫るような日本海がよく見えます。
※地震の影響により通行止めとなっています(令和6年(2024)5月23日現在)

鉄道遺構その6●乳母岳トンネル


 煉瓦造りの入口が、SLが通ったトンネルといった趣のある乳母岳(うばがたけ)トンネル。完成は明治44年(1911)。全長463mと自転車道で2番目に長いトンネルです。このトンネル内部は直線が続くため、入口から出口が見えます。このトンネル上部の笠石(かさいし)にも、2層の「ディンティル」といわれる装飾があります。崖沿いの地形にあるためか、付近には昔の古いレールを再利用した落石防護柵も残っていました。
※地震の影響により通行止めとなっています。(令和6年(2024)5月23日現在)

鉄道遺構その7●青木坂トンネル

 緑に覆われた煉瓦のトンネルが印象的な「青木坂(あおきざか)トンネル」。完成は明治44年(1911)。内部はカーブしているので出口が見えず、ちょっとした探検気分を味わうことができます。
 糸魚川側の入口から入ると山の中へ潜る感じがしますが、出口の上越側は高台にあります。天気が良ければ、ここは日本海と歴史あるトンネルを一緒に撮影することができます。

走ってきたトンネルを振り返るとこんな感じ。照明でカーブしているのが分かります。

上越側に抜けて後ろを見ると青い海! 上越側のトンネル入口が木々に覆われて見えづらいですが、高台なので眺めが最高です。

上越側から糸魚川方面に向かって走る人にも出会いました。

青木坂トンネルを出て有間川漁港の先に、こんな煉瓦の建物がありました。昔の橋の基礎といわれています。後ろの石積みもきれいです。

鉄道遺構その8●長浜トンネル

 糸魚川方面から上越方面へ走って行くと最後のトンネルは、上越側から走った場合の最初のトンネルである「長浜(ながはま)トンネル」。完成は明治44年(1911)。久比岐自転車道では最長の全長467メートルのトンネルです。写真は上越側の入口。馬蹄形の入口がいかにもレトロ。煉瓦はイギリス積みで、アーチ環(かん)と呼ばれる入口の曲線に沿った煉瓦と、外側の煉瓦の色の違いが感じられます。

最後のトンネルなので、自転車を降りて壁を触ってみると、「これを100年以上前の誰かが造ったのか」という感慨もひとしお。久比岐自転車道は自転車で走り抜けるだけでなく、昔の人が丹念に造ったトンネルの煉瓦や床を、自分で触って歩くのもお薦めです。

長浜トンネルから糸魚川までは27キロ。こんなに走ったのか!と感動。上越の終点まであと少し。

走りきった! ここが終点で起点の上越市虫生岩戸(むしゅういわと

糸魚川側から走行すると、この看板が「終点」の目印。裏側にまわると「起点」になっていました。

 今回は2回で走りきったわけではなく、周辺の集落をはじめ、この久比岐自転車道から色々なところに立ち寄るために、去年から少しずつ何度にも分けて走りました。

 走って感じたのは、トンネルもただ自転車で走り抜けてしまうのではなく、一旦自転車を降りて近くでじっくり見たり、触ったりすればよかったということ。
 旧国鉄北陸本線だったこの道路は、山が海のぎりぎりまで迫り、地すべりなどに悩まされてきたところです。列車や線路や周辺の町を守るため、ゆっくり見て回ることで、鉄道工事に従事した昔の人たちが、どんな苦労をして鉄道やトンネルを造ったのかなど、多くのことに気がつくと思います。
 学びも多い久比岐自転車道。無理はせず、楽しみながら走ってみてはいかがでしょうか?

取材協力/糸魚川地域振興局
参考文献/花田欣也・著『鉄道廃線トンネルの世界』(山と渓谷社、2021年)

 

車内に自転車をそのまま持ち込める
サイクルトレイン(えちごトキめき鉄道)
 久比岐自転車道で通行止めに遭遇してしまった時に、便利なのが「サイクルトレイン」。
 旧北陸鉄道跡地を利用した久比岐自転車道は、えちごトキめき鉄道とルートがほぼ並行しています。えちごトキめき鉄道では、サイクリストのために春から秋まで、糸魚川市市振駅から上越市直江津駅の間「サイクルトレイン」を実施しています。
 「サイクルトレイン」は、車内に自転車をそのまま持ち込めるというサービス。疲れた時にも便利です。

●えちごトキめき鉄道 https://www.echigo-tokimeki.co.jp/

久比岐自転車道からちょっと寄り道。
周辺の自然と歴史、文化を訪ねる【その2】

久比岐自転車道沿いの港町・筒石(つついし)集落へ
 海沿いの久比岐自転車道を走っていると、小さな港が多いことに気づきます。そして、よく目にするのが海に浮かぶ奇岩です。これはフォッサマグナの海底火山から噴出した火山岩類で、それが漁礁となって港ができ、海の文化から、風情ある漁村の町並みがいくつも生まれました。久比岐自転車道を走る途中、そのひとつである筒石の町にも、立ち寄ってみました。

風情ある筒石の漁村集落を歩く

 海に迫る山々と港の間の狭い土地に、細長く伸びる筒石地区。古くから漁師町として知られてきた筒石の集落は、くねくねと続く細い道の両脇に、間口の狭い木造家屋が連なる風情ある町です。

 この町には、鉄道遺構や珍しい地底のトンネルにある駅、ユネスコ世界ジオパーク認定のジオエリアがあります。筒石区自治会会長・池亀芳一(いけがめ よしかず)さんに案内していただきました。

筒石区自治会会長 池亀芳一さん。

 「筒石は古くからある漁村です。そのため、独特の町並みや、海や漁師たちにまつわる特徴的な文化や風習が今も残っています。また、あまり知られていませんが、筒石は春日山まで続く加賀街道の一部だったんですよ。」と池亀さん。
 その昔、筒石でも旧北陸本線の列車が海岸を走り、旧筒石駅は港にあがる海産物の運搬に利用されていたそうです。
 この地特有の地すべりに悩まされた筒石駅は、昭和40年(1965)の北陸本線複線電化に伴い、廃止計画があったそうです。しかし地元の要望から、頸城トンネル掘削の際のトンネル土砂搬出口として利用していた筒石斜坑(※)を利用して駅を作るという計画に変更になったといいます。その結果、筒石駅は現在のような全国でも珍しい地底のトンネル内にある駅として有名になりました。
 この筒石駅の手前には、約300万年前のフォッサマグナの海底にたまった地層が見られる浜徳合(はまとくあい)の砂岩泥岩互層(さがんでいがんごそう)もあると聞いて、まずはそこを訪れてみました。

※斜坑(しゃこう)とは鉱山や炭坑、トンネル工などで、地中に斜めに掘った坑道のこと。

浜徳合の砂岩泥岩互層

筒石駅に向かう途中にある浜徳合の砂岩泥岩互層。約300万年前、フォッサマグナの海が隆起に転じた時期に形成された、見事な互層のしま模様を見ることができます。この地層には、クジラや二枚貝の化石が含まれているそうです。

筒石駅

地下のトンネル内にある筒石駅のホームは海抜20m。駅舎から40mも標高差があるため、階段で約280段下りていきます。

真っ暗なトンネル内の筒石駅。電車が来たときの風圧に驚きました。

風情ある筒石の町並み

狭い路地沿いに間口の狭い木造の家が続く筒石の町。

 すぐそこまで山が迫り、目の前は海。その間の、本当に小さな平地に筒石の町はあります。
 筒石ではわずかな土地に家が密集しているため、隣の家と壁を共有するという珍しい建築様式でも知られています。間口の狭い木造の家が、隙間なくぎゅっと連なる町並みは実に風情があり、訪れてみると、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。

玄関先の水場で、採れたワカメを踏んでもんでいた年配の女性。

筒石では、目の前の港で採れた魚をさばくためなのか、どの家も玄関先に水場があります。訪れた日は筒石の漁港が休みで、町の人たちはワカメ漁に出た後、玄関前の水場でワカメの処理をしていました。「このワカメは売り物ではなく、みんな自宅用か親戚や知人に配るんです。塩でよくもんで冷蔵保存すれば、2年は持ちますよ。漁村の昔からの知恵ですね。」と池亀さん。

 今回は久比岐自転車道の鉄道遺構をめぐっていると言うと、まず池亀さんが案内してくれたのは、町の中を流れる清流・筒石川沿いでした。
 「筒石には昔、鉄道の陸橋があったんです。今もその橋脚は残っていますよ。あまり知られていませんが、筒石にはこういう煉瓦の場所が結構残っているんです。」その煉瓦の建造物を目の前にして、あまりの大きさに驚いてしまいました。

筒石地区にある煉瓦づくりの昔の陸橋の橋脚。とにかく大きい。後ろにある赤い橋を下の写真と比べると大きさが分かります。

昔の橋脚の前を流れる筒石川。手前は海に流れ込んでいます。水が清らかで、ここは秋に鮭も遡上するといいます。

筒石の町から少し離れた場所に、旧北陸本線の筒石駅跡に建てられた石碑もありました。この石碑に旧北陸本線が通っていた期間が詳しく書いてありました。通っていたのは大正元年(1912)12月16日の開通営業から、電化・複線化により廃止となった1969(昭和44)年10月1日。当時は蒸気機関車も走っていたと書かれてあります。

筒石漁港

筒石漁港は集落のすぐ目の前。手前にあるのが小屋に船を入れる船入れ場、奥に見えるのが筒石の集落。少し離れたところには、昔の漁港もそのままに残っていました。

こちらが少し離れたところにある昔の筒石漁港。今も昔の姿をとどめています。

漁師町ならではの文化。
全国でも珍しい
本物の魚を持って舞う「鯛釣り舞」

 「筒石では毎年4月26日、27日と、8月27日に、地元の水嶋磯部神社のお祭りがあり、4月26日は神社、27日は筒石港でそれぞれ舞台を作り、神楽を奉納します。中でも多くの人に一度見てほしいのが、4月27日のお祭りで奉納する「鯛釣り舞(たいつりまい)」です」と池亀さん。

本物の鯛や魚を持って踊る筒石地区の「鯛釣り舞」。

 「鯛釣り舞」とは、釣りを楽しんでいた神様のところに火男(ひょっとこ)が現れ、あの手この手を使って面白おかしく魚を盗み取ろうとする舞い。全国各地にあり、一般的には紙に描いた鯛を使うそうですが、「筒石では漁師が神様に奉納するために、海でとった本物の魚を持って舞うんです。」と池亀さん。30以上の大漁旗が海にたなびく中、本物の魚を持って大漁祈願、航海安全を祈って舞うという、漁師町・筒石地区ならではの伝統行事です。
 「筒石に住む人たちは、毎月18日には必ず地元の筒石観音堂と、水嶋磯部神社へお参りに行くんです。水嶋磯部神社の拝殿左奥には船玉の神様が祀られています。漁師町ですから、航海安全、大漁祈願、海の神様ですね。」と池亀さん。

筒石観音堂の柱の立派な彫り物。作者は?と聞くと、「見る人が見ると分かるんでしょうが、私たちはちょっと分からないんですよ」と池亀さん。

水嶋磯部神社。昔は諏訪大明神という名前だったそうです。

 久比岐自転車道の鉄道遺構だけでなく、ここ筒石の集落で鉄道遺構を探しながら、歴史を感じる町を歩くのもいいかもしれません。

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