「村上木彫堆朱」は、漆器の一種で、江戸時代に藩主の奨励を受けて発展し、村上を代表する産業の一つになりました。木地(きじ、芯になる木工品)に花、鳥、山水などの図柄を彫刻し、漆を幾度も塗り重ねることで、味わい深く、美しい色合いを出します。村上では長らく、結婚式の引出物や記念品として贈られており、昭和51年(1976)には、国の「伝統的工芸品」に指定されました。最近はより多くの人に知ってもらおうと、大学生や若手クリエイターと組んで、若い感性を取り入れた製品作りにも取り組んでいます。
日本には彫刻漆器がいくつかありますが、「村上木彫堆朱」にはどんな特長があるのでしょう。村上堆朱事業協同組合で事務局長を務める小杉和也さんに伺いました。「村上木彫堆朱は、使い込めば使い込むほどいいツヤが出て発色も良くなる漆器です。今、私が持っている茶筒も30年以上使っていますが、鮮やかな朱色をしているでしょ。机の上に置いてある茶筒は仕上がったばかりの茶筒ですが、朱の色が黒っぽい感じに見えますよね。それが使っていくうちに、だんだん赤みが増してツヤツヤになり、この茶筒のように鮮やかな朱色に変わっていくんです」
「漆と仲良く付き合うのはなかなか難しいんですよ。同じ漆でも天候によって乾き方、固まり方が毎日変化するんです。私の塗りの師匠も『漆とは常に仲良くしていかなければダメだぞ』とよく言っていました。とにかく塗師は天気をしっかり判断していかないと。また、村上木彫堆朱には6種類の技法がありますから、一通り塗れるようになるには10年はかかると思います」
6種の技法とはどんなものでしょう。それぞれの技法を製品と一緒に小杉さんに紹介していただきました。「6種の技法の中でも最も代表的な技法は『堆朱』です。この技法で作られたのが、先ほどお見せした茶筒なんです。木地に彫刻を施して漆を塗り重ねた後、ツヤを消して仕上げていきます。ツヤを消して仕上げた方が、きれいなツヤになるんです。『ツヤ消し』は、漆を塗った後にツヤを消す作業ですが、全国でも村上木彫堆朱でしか行われていません。ツヤ消し後は、細部に彫刻(毛彫、けぼり)を施し、漆を摺り込んで完成させます。 塗りの前に彫刻をして漆を塗り重ねるこの技法こそ、村上木彫堆朱の真骨頂と言えましょう」
堆朱以外の技法には、黒呂色漆で塗り上げる「堆黒(ついこく)」、朱漆の「艶消(つやけし)」後に上質の透ける漆を塗り重ね丁寧に研磨して飴色に仕上げる「朱溜塗(しゅだめぬり)」、上塗りに数種類の色漆を使う「色漆塗(いろうるしぬり)」、色漆塗に金箔を貼ってその上に色漆を塗り重ね、更に金箔を丁寧に研ぎ出す「金麿塗(きんまぬり)」があり、独特の美の世界を表現しています。
「これだけ、特殊なんだよね」6番目の技法「三彩彫(さんさいぼり)」を紹介する際に小杉さんがつぶやきました。「一般的な堆朱と同じで漆を朱・黄・緑・黒の順に塗り重ねて、厚みを出してから彫り上げていく三彩彫は「塗ってから彫る」技法。そこが、(他の村上木彫堆朱の技法と)違う。漆を彫るんですよ。彫る深さで色合いを調整していくんだから、これは一発勝負の仕事ですよ。しっかりとした技術がないとできません」
「彫りが先、塗りが後」「使えばつかうほどツヤツヤ」・・・。奥深い村上木彫堆朱のことがわかってきたところで、いざ、「体験講座」で箸づくりに挑戦です。
体験講座では、実際に彫刻刀を使って箸に彫刻を施していきます。今回の先生は、川上健さん。新潟県の「伝統的工芸品プロモーションムービー」にも出演している50年近いキャリアを持つ職人さんです。
まずは、道具について教えていただきました。村上木彫堆朱では、技法や彫る文様・場所によって両刃や平刀、三角刀など様々な種類の彫刻刀を使います。
川上さんは、彫刻刀の柄(え)を全てご自身で作っているそうです。「角材に溝を彫って、2/3位の長さの鋼(刃)をはめ込んで作ります。ある程度彫れるようになって技術が身につくと、やっぱり自分の手に合った彫刻刀の方がやりやすいんです。既製品よりも、自分で作った道具の方がしっくりきます」と川上さん。なるほど、納得です!
「一番よく使うのは、『ウラジロ』と呼ばれる両刃の彫刻刀だね」と、川上さん。お正月の鏡餅の下に敷く葉っぱ「裏白」に似ていることから、村上ではそう呼ばれているのだそうです。
細い線を彫るときや、狭い部分をすき取るときは「三角刀」で。仕上げに細部を彫っていく「毛彫」の際にも使います。
体験講座では、あらかじめ赤い文字で模様が描かれた箸を使います。削り台に固定された箸は、アメリカヒバ。ヒバの木は柔らかいので、彫りやすく初心者向き。川上さんにお手本を見せていただきながら、彫りに挑戦していきます。
ウラジロを使い、薬研彫り(やげんぼり)で彫っていきます。ウラジロは、表を親指に向けて、鉛筆を持つように持ちます。「これが基本です」と、川上さん。そして彫るときは、必ず空いている手の親指を彫刻刀の柄のところに添えておきます。「そうしないと、彫刻刀を引いたときに、パーンと(彫刻刀が)飛んでしまうことがあるんです。手を添えておけば、止まるから安心というわけです」
「彫るときは、赤い線の少し外側に彫刻刀を立てて、グッと力を入れて手前に引きます。一線彫ったら、反対側に返して同じように彫ります。そうすることできれいなV字型の溝になるんです。箸の表面はアーチ型に湾曲しているので、最初はなかなか真っ直ぐに彫れませんが、これを繰り返して、赤線を全て彫っていきます」と川上さん。うまく彫れるコツを教えてください!
「ポイントは溝の形がVになること、斜めになることなんです。そのためには、ウラジロの入る角度がとても大切になってきます。私はそれを『寝せる』と言っています」(川上さん)。「寝せる」とは、「外側に向けて倒すこと」だと教えてくれました。なるほど、これなら今までと違ってスムーズに彫ることができます。裏面も彫り上げて、マイ箸を完成させますよぉ~。
体験で彫ったお箸は、希望すれば後日漆で仕上げて送ってもらえます(有料)。自分で作ったお箸、普段使いで楽しみたいと思います。
館内には、村上木彫堆朱の未来を担う若手が研修している部屋もあり、研修の様子を窓越しに見学することができます。そちらも伺ってみましょう。
ここでは、月曜日から金曜日まで3名の研修生たちが、村上木彫堆朱の技術を匠から実践形式で学んでいます。塗りは、「木固め(きがため)」「地塗り」「錆付け」「中塗り」「上塗り」の順に進み、16工程以上繰り返します。この日は、中塗りの作業をしていました。
中塗りには「塗り」と「研ぎ」の2つの作業があり、塗った後に乾燥させてから研いでいきます。「塗っては研ぎ、塗っては研ぎ、これの繰り返し。刷毛で漆を塗った表面を砥石で研いで、塗りむらを防ぐわけです」と菅原さん。「ここは実践的に学べるから、毎日が充実しています」研修生になったのを機に新潟市から村上市に移住してきた石塚未央さんが教えてくれました。黙々と砥石を動かす姿は職人そのもの。熱い思いが伝わってきます。
伝統の技と若い感覚の融合に積極的に取り組んでいる村上堆朱事業協同組合の方々。平成29年(2017)には長岡造形大学と連携してブックカバーを商品化しました。また、首都圏で活躍する若手クリエイターとのコラボで、普段使いの漆器ブランド「朱器」の展開をスタートさせました。これらは、会館のショールームで購入することができます。
3月には、「城下町村上町屋の人形さま巡り」が始まります。村上木彫堆朱の飾り棚がある部屋で人形さまが飾られているかもしれません。ぜひ村上に足を伸ばして、伝統の技に触れてみませんか。
関連リンク
村上堆朱事業協同組合
村上市松原町3-1-17 村上木彫堆朱会館
電話:0254-53-1745