第34回 昭和レトロの世界へタイムスリップ!

新潟県のほぼ中央に位置し金物の町として知られる三条市に、往年の名スポーツカーと名高いホンダ「S800」をはじめとするクラシックカーの試乗ができる施設があります。主に高度経済成長期の自動車や、電化製品・生活用品を展示する「KYOWAクラシックカー&ライフステーション」(三条市上須頃)です。運営しているのは、共和工業株式会社本社(上須頃)。さっそく施設に入ってみましょう。

クラシックカーの大展示室。

ロビーを抜け、展示室へ足を踏み入れてまず驚くことは、その広さとコレクションの数です。パッと一目見ただけでは、一体何台置かれているのか分からないほどのクラシックカーと作業用機械が、展示室内を所狭しと埋め尽くしています。左手側、高度経済成長期の自動車を集めた大空間につい心を惹かれますが、まずは一度順路通りに、共和工業株式会社(以下、共和工業)の歴史を紹介するコーナーへ進んでいきましょう。

共和工業の製造力を支えた作業用機械。

共和工業は、1963年(昭和38)に創業した会社です。プラスチック金型の製造やプラスチック製品の量産をメインに、生活用品のような小さな物から自動車のボンネットのような大きな物まで、幅広く手がけています。

この施設の始まりは、創業者である故・松井恒雄氏の「社員たちに、ものづくりに関わる誇りを感じてほしい」という想いにあります。松井氏は、さまざまな生活の道具を収集し、社員教育に活用しました。その後、工場移転に伴って空いた建物を展示室として再利用。一般にも公開を始めたのです。

かつて共和工業で使用していた金型の設計図を描くための製図台。製図は現在、ほとんどコンピューター上のソフトで行われる。

展示室の根底を流れる想いを垣間見た後は、いよいよクラシックカーの展示が始まります。まずは、日本が自動車を作りはじめた戦前・戦後のコレクションから見ていきましょう。

ご年配の方以外で、このコーナーに並ぶ自動車が実際に走っている姿を見たことのある人は少ないでしょう。コーナーの最奥に鎮座するのは、1933年(昭和8)に製造された英国車「オースチン・セブン」と、それを真似て作られた国産車、1938年式(昭和13)の「ダットサン17TC」です。日本を代表する産業である自動車産業も、最初は当時の先進国の技術を学ぶことから始めました。

「オースチン・セブン」(左)と「ダットサン17TC」(右)。展示されている自動車のナンバープレートは、製造年の年号と西暦になっているという遊び心も。

この展示室最大の特徴は、すべての展示車両に乗り込んだり、跨ったりできることです。もちろん、「オースチン・セブン」も例外ではなく、実際に運転席へ座ってみることで、当時の高級車らしい調度品の重厚感や、ドアの仕組みなど今の自動車とは異なる「細部」を実感することができます。しかし、貴重な一台だけあって、乗り込むだけでも緊張します。

戦前・戦後の時期は、まだ海外の自動車をコピーした国産車が多く、貨物には三輪オートが活躍した。

向かい側には、いかにも昭和レトロらしい三輪オートが並んでいます。三輪オートは、四輪車のトラックよりも小回りが利いて安価だったことから、戦後期まで庶民の足として広く用いられました。私にとっては「映画の中の存在」だったので、実物の運転席に跨ろうとした時に初めて、オートバイとリヤカーを組み合わせたような構造になっていることを知り驚きました。まさに現物を目の前にしたからこその気づきです。

戦前・戦後に貨物用として活躍した、2台のダイハツ製オート三輪。

最初期の国産車を見た後は、来た道を引き返して高度経済成長期の自動車たちを見に行きます。冒頭でも触れましたが、このコーナーが同施設最大の展示スペースとなります。

高度経済成長期のモータリゼーションを彩った名車たち。

コーナー入り口で迎えてくれるのは1968年式(昭和43)の「スバル360」で、こちらは日本初の大衆車として世に送り出されました。これまで見てきた貨物車や高級車とは異なる可愛らしく現代でも通用しそうなデザインは、人々の暮らしの変化や技術の進歩を感じさせてくれます。

「スバル360」は日本初の大衆車で、「マイカー」という言葉を定着させた。この時代の前方向が開くドアも印象的。

この時代になると、現代まで名前が残るロングセラーも生まれます。その一つが、トヨタが販売する高級車の代名詞である「クラウン」。展示室には、その記念すべき初代モデルが展示されています。当時は「大企業の社長や政治家しか乗れない車」という扱いで、ドアはまず現代では見ないような観音開きのスタイルです。昔は自動車のドアの開閉に留まらず、今では必須のシートベルトの有無でさえも各社に委ねられていました。

約5億年前、生物が爆発的に増殖する中で、さまざまな動植物が多様に進化した時代を「カンブリア爆発」と言いますが、それと同じように、モータリゼーションの最盛期である高度経済成長期は、現代よりも多種多様な形の車が誕生していたようです。

1955年(昭和30)に登場した「トヨペット クラウン」

四輪車だけでなく、オートバイの展示も豊富です。「BMW R69S」は、現代のBMWと同じく水平に張り出した特徴的なエンジンを持つ1960年代(昭和35)のスポーツバイク。当時の日本車よりも数段高いクオリティを誇り、今の販売額へ換算すると6,000万円という超高級車だったそうです。

「BMW R69S」1960年式(昭和35)。日本のスポーツバイクが単気筒というエンジンの構造を採用する中、このオートバイは今のBMWと同じ水平に並ぶ二気筒エンジンを採用していた。

エンジン付きではありませんが、前照灯にろうそくを用いる昭和初期の自転車も発見しました。「これでちゃんと前を照らせるのだろうか?」とは思いますが、当時と現代では電灯の普及率も街に灯る光の数も違うので、案外役に立ったのかもしれません。こうした思わぬ発想の小道具から、当時との考え方や街並みの違いが垣間見えます。

ろうそく前照灯を備えた子ども用自転車。

一通り自動車の展示を見て回ったところで、今回のメインとなる試乗体験へ向かいます。今回運転させていただくのは「ホンダ S800」。案内員の方に外まで車体を移動してもらい、共和工業敷地内の駐車場を走ります。なお、もう一台マツダの「コスモスポーツ」が用意されていますが、どちらもマニュアル車となります。

エンジンを起動すると、力強く小気味の良い排気の鼓動が身体を揺さぶります。エンジンを温めているしばらくの間、案内員の方から各操作の仕方を教えていただきました。走るだけであれば現代の自動車と大きく違いはありませんが、エンジンをかかりやすくするチョークレバーなど、現代車ではデジタル化、自動化された機能も多く見受けられるので若い方には新鮮な発見ではないでしょうか。

「ホンダ S800」は1966年(昭和41)発売で、1964年(昭和39)に発売されたS500とS600よりも大きなエンジンを搭載し、当時は「憧れのスポーツカー」という立ち位置だったという。

発進の準備ができたところで、恐る恐るアクセルを吹かし気味にしながらスタート。初めはアクセルをどこまで回せばいいのか、なかなか分かりませんでしたが、駐車場内のコースを何周かするうちに慣れてきてギアも上げていきます。3速以上まで入れると、走りは半世紀以上昔の自動車とは思えないほどにスムーズです。直線で加速すると、駆動の伝わり方もエンジン音にも上品な滑らかさを感じます。きちんと整備されているお陰も大きいのでしょう。

運転中の様子。今の自動車では見ないようなスイッチ類にも注目。

試乗が終わり停車すると、ちょうど交代で「コスモスポーツ」を運転する男性がいらっしゃったので、少しお話を伺いました。男性は1年ほど前にも訪れており、その際には「S800」を試乗したそうです。「昔S800を所有していたのですが手放してしまった経験があります。まさかこの時代にまた乗れるとは思っていなかったので、前回の試乗の際には感動しました」(男性)。そう言って男性は、「S800」のハンドルを手に満面の笑みを浮かべる写真を見せてくれました。

20代の私にとっては「往年の名車」はカタログの中の存在ですが、当時を生きた方々にとっては思い出と憧れを同時に蘇らせてくれる存在なのだな、と若々しい笑顔の男性を見て改めて感じます。

もう一台の試乗車、マツダの「コスモスポーツ」1967年式(昭和42)。同施設ではこの他に、ホンダのオートバイ「CBX400F」を運転することもできる。

これまで自動車を中心に紹介しましたが、2〜3階のエリアには電化製品や農機具、おもちゃなどの生活用品も収蔵されています。こちらの展示点数も膨大で、中には「昭和レトロ」を越えて明治以前の家屋で使われていた箪笥や、日本刀、火縄銃まで展示されています。

特に農機具は米どころ新潟らしく、田起こしと除草を並行して行う田打ち車や脱穀用の千歯、収穫した米を炊くセイロなど、地歴の教科書よりも詳しく、そして生々しい実物に触れることができます。

千歯こきをはじめとする脱穀用農機具など、数百点にのぼる多種多様な道具が並んでいる。

3階には電化製品の展示が続きます。ここまで見てきた自動車、農具・民具、電化製品、すべてに共通することは、物品が時代ごとに並んでいるお陰で、進化していく技術とそれに伴う人々の生活の変化を知ることができることです。

施設全体を案内してくださった共和工業の松井義敬さんは「自動車でも生活用品でも、お客様に時代ごとの品を実際に手に取っていただくことで『タイムスリップ』してもらうことを大切にしています」と話します。

洗濯板から始まって、洗濯機に変わり、絞り機能が追加されるなど時代の変遷が一目でわかる展示となっている。

なかには、海外製の巨大なディスク交換式のオルゴールも展示されており、案内員の方に頼めば演奏していただけます。蓄音機が現れ、カセットテープ、CD、そして今は配信と、オーディオの世界はどんどんと移り変わっていますが、オルゴールの生の演奏を目の前にすると、その音色が唯一無二のものであることを実感します。しかし、これほどの品がどのように新潟へ流れ着き、どのような人が所有したのでしょうか。

展示物の中には巨大なディスク交換式オルゴールも。

歴史の染みついた品々に触れ、使ってみること。松井さんの言う「昭和レトロの世界へのタイムスリップ」で、自分の両親や祖父母、さらにその上の世代の人たちが辿ってきた生活を追体験し、「当時の社会で何が必要とされてきたのか」「需要にどう応え、苦難をどう乗り越えてきたのか」を考えさせられました。また、こうした施設がさまざまな製品の部品を生み出し、人々の生活を支えてきた燕三条地域に存在していることも意義深いことです。

自動車も生活用品も、展示されている品々はすべて触れることができるという点が、博物館との大きな違いになる。

レトロな世界へ思いを馳せることはもちろん、歴史を学ぶ意義を見つめ直す施設として、ぜひ親御さん、あるいはお子さんと思い出を語り合いながら鑑賞してみてはいかがでしょう。

関連リンク

アソビュー! 「KYOWA クラシックカー&ライフステーション」
新潟県三条市上須頃29番地1
電話 0256-34-4440

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