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長岡市

「花火」と「米百俵」のまち

新潟県のほぼ中心に位置し、新潟市に次いで二番目の人口規模である長岡市。広大な敷地で四季折々の自然が楽しめる国営越後丘陵公園や、通称「魚のアメ横」と呼ばれる寺泊の魚の市場通りなどの人気スポットもあります。戦国時代は武将・上杉謙信が栃尾地域で旗揚げし、直江兼続が与板地域を拠点に活躍。他にも最後のサムライと称される・河井継之助、「米百俵」で知られる小林虎三郎、連合艦隊司令長官・ 山本五十六など、歴史上の偉人とのゆかりが深い場所です。また、「長岡まつり大花火大会」は、 日本三大花火大会として全国的な知名度を誇ります 。夏の夜空に大きく花開く「正三尺玉」や幅約2kmにも及ぶ復興祈願花火「フェニックス」は、視界に収まりきらないほどの壮大なスケール。訪れた観客を感動に包みます。

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  • 五十嵐伊織の墓(いがらしいおりのはか)

    南蒲原郡田上村(現田上町)田巻三郎兵衛の三男に生まれ、長じて寺泊の五十嵐家を継いだ人です。 幼くして、藍沢南城について学び、皇典を修め、また、長岡藩士篠原某を聘(へい)して剣道に精進したといわれます。性剛直で敬神尊王の念 […]
  • 越之浦神社(こしのうらじんじゃ)

    ここは、順徳上皇の御神霊を奉祀する神社です。仁治三年(一二四二)九月一二日、上皇崩御の悲報を聞いた五十嵐家の当主武兵衛は、旧行在所の脇に上皇が葬られた佐渡の真野御陵(まのごりょう)と相対す形で、小さな祠を建てました。その […]
  • 弁慶の手掘井戸(べんけいのてぼりいど)

    源義経は、兄頼朝の命を受けて一の谷、屋島、壇の浦の合戦で平家を滅ぼし、大きな戦功を立てました。しかし、逆に兄頼朝に疎まれ、追手をかけられて、弁慶以下わずかの手兵を従えて都落ちし、奥州平泉の藤原秀衡を頼って、身の危険にさら […]
  • 行宮御遺蹟碑(あんぐうごいせきひ)

    承久の乱の後、佐渡へ遷流になった順徳上皇を偲び、故本間建四郎氏ら町の有志の篤志によって、大正十一年に建設されました。 この巨大な碑面には、漢文で長い文章が刻まれており、要訳すると次のようになります。 「嗚呼 承久の事また […]
  • 聚感園(しゅうかんえん)

    ここは、北越地方の豪族五十嵐氏の邸宅跡です。五十嵐氏は、大同元年(八〇六)先祖忠利が姓を賜り常陸守に任ぜられ、三代左衛門尉利忠の時、越後守として当国へ赴任せられたといわれます。寺泊へ移住した年代は不詳ですが、文治三年(一 […]
  • 港まつり海上大花火大会

    砂浜から打ちあげられる花火は、港まつりのメイン。夜空に開いた花模様が海面に映し出され、見る人を楽しませています。とくに海中海空花火は、海面そのものがファンタジックステージとなり、まるで夢世界のようです。 出典: 『素敵な […]
  • 小鯛寿し

    天保年間の昔から作られてきた伝統料理です。鯛・イカなどを酢に漬け、その中に味付けされたおからが詰めてあります。 出典: 『素敵な旅にしたいから』(観光ガイド) 提供元:長岡市寺泊支所産業課
  • 鱈の親子漬

    新鮮な鱈の魚肉とタラ子・針生姜・木クラゲを甘酢でからめたもので、お酒の肴にぴったりです。 出典: 『素敵な旅にしたいから』(観光ガイド) 提供元:長岡市寺泊支所産業課
  • 番屋鍋

    浜の番小屋で漁師さんが毎日の食事に必ず食べたもので、ご飯のおかずと汁を兼ね備えたことからこれらのものを地元では「汁とも菜」といいます。 旬の野菜と獲れた魚をブツ切りにして味噌仕立てでいただく。 浜の漁師さんの生活の知恵、 […]
  • 西生寺

    海雲山西生寺は、日本海を見下ろす山の中腹に建っており、古くより北陸随一の霊場として崇められてきました。 弘智法印は高野山で修業を積んだあと、貞治2年に西生寺の草庵で即身仏になられました。日本最古のミイラとしても名高い。親 […]
  • 八百比丘尼の老松

    全国に点在する八百比丘尼伝説ですが、寺泊にも同じような八百比丘尼伝説が残っています。野積の旧家高津家は八百比丘尼の生家と伝えられ、屋敷の前庭には、人の世の無常をはかなんで、自らの生命を絶った八百比丘尼ゆかりの老松が大切に […]
  • 下駄屋

    下駄は、江戸時代以降、昭和30年代頃まで庶民の日常の履物として用いられてきました。雁木通りに響く下駄の音は高田のまちの風物詩でもありました。 下駄には多くの種類がありますが、上越地方独特のものはハコゲタです。これは江戸時 […]