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域文化 データベース

新潟の歴史文化

文化財や寺社仏閣などの伝統的な建造物、新潟に縁のある偉人などを紹介します。

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  • 新津石油の世界館

    蔵をイメージした外観の石油の世界館は、原油生成の歴史や石油利用の歴史を紹介する石油資料展示室と石油を掘り出すための道具や石油を利用するための道具を展示するクリマシアターで構成されています。両展示室をつなぐ展示ロビーでは、 […]
  • 坂口安吾

    昭和21年に発表した「堕落論」「白痴」で一躍脚光を浴び、太宰治らとともに無頼派と称される戦後日本文学の旗手。新潟市生まれの安吾の実家は、もともと新津の旧家で、虚無的な安吾の思想は、父祖の地であった新津や雪国新潟の風土が培 […]
  • 煮坪(にえつぼ)

    慶長13年(1608年)頃に発見された煮坪は、新津油田の発祥の地となり、「越後七不思議」の一つに数えられています。全盛期には、油と水と天然ガスが黒い液体となって1m余りも湧き上がり、周辺800m四方にまでフツフツと物を煮 […]
  • 小田喜平太(おだきへいた)

    昔から幾度となく信濃川の水害に苦しめられてきた小合地区で、チューリップの球根栽培に果敢に挑戦し、日本で初めて商業栽培を成功させたのが小田喜平太です。小合は、単作地帯には珍しく副業の盛んな地区でしたが、明治期の小合の花は投 […]
  • 曽根神社

    曽根神社は永禄3年(1560年)に、諏訪神社の大神の分霊をいただき、現在地に水守神とした。その時に村名を曽根村とし、見帯にあった神社を現在地に移転した。   出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提 […]
  • 桑山諏訪社

    設立年月日及び由緒等は不詳である。 現在の天井画は、平成5年8月に、池田満寿夫氏の絵筆による「飛鶴」16枚の組絵が奉納されたものである。 出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提供元:新潟市総務局国際文化部歴 […]
  • 田中城(通称大関城)跡

    中世、上杉景勝の配下にあった大関阿波守徳の居館跡といわれる。桂姫は、越後善光寺如来とゆかりがあると縁起に伝えられる。 出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提供元:新潟市総務局国際文化部歴史文化課 およびサー […]
  • 鎧八幡宮

    平安時代に源義家(八幡太郎)が、越後各地を荒らし回っていた黒鳥兵衛を追討するため、押付の八幡宮に「鎧」を奉納し戦勝を祈願したと伝えられている。 所在地:越後曽根駅 出典: 『西川地区のガイドマップ(漣の会作成)』 提供元 […]
  • 新発田城

    ■ 新発田城の築城 慶長3年(1598)加賀大聖寺から越後蒲原郡に入封した初代藩主溝口秀勝(みぞぐちひでかつ)は、まず五十公野(いじみの)に居をかまえて領内の統治と築城について構想を練ったと伝えられる。上杉景勝と戦い滅び […]
  • 五十公野(いじみの)御茶屋

    溝口家の茶寮のことを五十公野御茶屋と呼んでいます。回遊式公園はみごとで、十分に日本の美の奥行きを感じさせてくれます。現在の御茶屋は、数寄屋造りの簡素なたたずまい。ゆったりとした気分になれる場所です。 平成15年に越後を代 […]
  • 宝光寺

    新発田藩主溝口家の菩提寺で、溝口家は外様大名でありながら一度も転封されることがなかったので、初代秀勝侯以来、10代までの歴代藩主と夫人の墓がまつられています。 昭和48年の都市開発による墓塔の一部移転と縮小が惜しまれます […]
  • 良寛の碑

    托鉢でたびたび岩室を訪れた良寛和尚が詠んだ歌。 良寛和尚は出雲崎の庄屋橘屋の長男として宝暦8年(1758)に生まれ、18歳で仏門に入りました。寛政8年(1796)頃から約20年間、国上山の五合庵に住み、その間托鉢に岩室温 […]