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file-132 自然を守ってきたリゾート地 妙高・赤倉(後編)

  

赤倉の自然の魅力は世界共通


 赤倉の人たちは「自然の恵みが赤倉をリゾートにする」と早い段階から知っていました。「国立公園の父」と言われる田村剛先生とともに、赤倉を一大公園にしようと地域に呼びかけ、昭和31年(1956)には長年の願いが叶い、上信越高原国立公園に指定されました。

スキー場は、大自然からもらった宝

良い時代も悪い時代もいかにプラスにしていくか

ポスターと映像
ポスターと映像

妙高の住民となったイギリス人が写真や映像を撮影。日本人にはない視点で魅力をアピール。

 妙高・赤倉一帯は上信越高原国立公園(現在は分離して妙高戸隠連山国立公園 ※)に指定されたことで、非常に厳しい規制を受けました。しかし、「自然の恵みが赤倉をリゾートにする」と知っていた赤倉の人たちにとって、指定は喜びと誇りでありました。岡倉天心の影響も大きく、「天心やその子ども、慕う人たちが妙高の自然の素晴らしさを宣伝してくれた。その貴重な自然を守らなくては」との意識が、明治時代から地元に根ざしていたのです。バブルの頃も大企業から開発を持ちかけられましたが「規制の中で整備して、まちづくりをしていこう」とぶれることなくやってきて、その中でもリゾートをつくってきたと言う自負があります。「40年前のポスターにはモデルを使っていましたが、今はただ普通の景色。お客様がそこに立ってみたいと思う春夏秋冬の自然の風景をポスターにしています。最近では、外国の人も山に入り、赤倉の自然そのものに感動しています」と妙高観光局事務局次長の竹田幸則さんは言います。

 

自転車

自転車を希望する外国の人も多い。台湾のサイクリストを呼んでプロモーションを作成。

ゲレンデ

赤倉の雪質は氷点下16度のパウダースノー。常にやわらかく新しい雪が降っている。

インバウンド

オーストラリア人はたくさん降るのが良いらしく、晴天になるとスキーに行かず、猛吹雪になると喜んでスキーに出かける。そこが日本人と違う。

 インバウンドでは、オーストラリアからの観光客が一番多く、10年前から赤倉、白馬、野沢温泉、志賀高原と共同で宣伝を仕掛けてきました。台湾でも妙高フェアを開いて集客を図っています。早割のリフト券を販売し、宿泊予約も取ってくる。台湾から受け入れて農家民泊もしました。一緒にご飯を作って食べる生活を味わって非常に喜んでくれたそう。竹田さんも今後は、家族付き合いのようなツアーを組みたいと考えています。

 赤倉が気に入って、海外から移住する人も増えてきました。閉業した施設を買って宿泊業や飲食業を始めた人もいます。赤倉温泉区長の次井雪雄さんは、オーストリアへの留学経験があることから、海外暮らしの大変さを知っており、赤倉に来る人たちを温かく迎え入れています。「海外の資産を処分して、ここに住み、生きるには覚悟がいります。オーストラリア人の他、シンガポールや香港、台湾、マレーシアからも来るようになり、今は区内に22、23軒ほどが住んでいます。ゴミの捨て方など生活習慣を伝える組織も作りました。教えるのが好きな外国の人もいて助かっています。赤倉を良くしたい、大事にしたいという気持ちは、私たちより彼らが上。夏のグリーンシーズンにもっとお客様を呼べとか、とても熱心に言ってきます。新しい血が入った方が地域は活性化します。バブルがはじけてから日本人は何かをする余力がないですが、オーストラリアの人たちがホテルに良い部屋を作ってくれました。これは赤倉にはなかったものです。彼らは私たちを叱咤激励してくれるし、共存共栄していきたい。地域はずっと守っていくものですから、外国の人の力を借りながら、赤倉を残さないと」と次井さんは言います。

 

次井さん

現在は、公益財団法人新潟県スキー連盟の会長でもある次井さん。

リゾートホテルアルプ

次井さんが経営するリゾートホテルアルプ。昔は目の前にゲレンデがあった。景観整備によってホテル前の電線は地中化されている。

 アルペンスキー代表として世界選手権に出場したお父様の腕前を継いだ次井さんは、新潟県のスキーの発展にも寄与してきました。避暑地として発展した赤倉なので、冬の観光客は少なかったのですが、大正に入って高松宮殿下、秩父宮殿下がスキーに訪れると全国に報道されて、スキー場としての知名度が上がりました。宮様別邸前の「宮様スロープ」や、学習院の大学生が集まる「大学スロープ」と呼ばれるコースができて、そこが赤倉スキー場の原点となりました。

「終戦後の昭和25年(1950)に運輸省(現国土交通省)認定の日本第一号の公認リフトが設置され、翌年には戦後初の国体兼全日本スキー選手権大会が赤倉で開催されました。大会を開くことで全国に名が売れて、新聞に赤倉の名が載るだけで東京や大阪から人がやってきました。映画『私をスキーに連れてって』が流行ったバブルの頃は、川に水が流れるようにスキー場に人がいました。下手な人が止まると次の人が滑れないほどで、一定のスペースに何人入れようかと本気で計算しました。国立公園という規制から5階以上の建物も立てられなかった。しかし、それがマンションやホテルの林立にならず、質素な時代遅れの、のどかなまち並みが残りました。時代には良い時と悪い時がありますが、それをいかにプラスにしていくかです」

※平成27年(2015)3月に新しく誕生した妙高戸隠連山国立公園。当初は上信越高原国立公園に含まれていたが、公園の中心となる三国山脈、志賀高原、浅間山地域から離れた飛び地だったことから分離指定された。新潟県と長野県の県境にあり、糸魚川市・妙高市・長野市・小谷村・信濃町・飯綱町にまたがっている。

妙高・赤倉の自然の素晴らしさを、もっとお客様に知らせたい

広島さん

「三笠宮崇仁親王が小さい頃はよくうちを利用していただきました。お勝手が好きで皿洗いを見に来られたと聞いています。大手化粧品会社の社長も赤倉を気に入って応援してくれました。写真が得意で、赤倉のきれいな景色を撮りに通って来られました」/広島さん

スターホテル

広島さんが経営するスターホテル赤倉。前身は広島屋といって江戸時代から続く老舗だ。ホテル前にペット用のお風呂がある。

 温泉地である赤倉には、昔は、赤倉温泉組合がありました。旅館やホテルは温泉を引き込む内湯方式で、地域で営業する宿泊施設のほとんどが組合員。必然的に、赤倉のことを話し合う場となりましたが、時代が進むと内湯のない施設も現れ、その人たちは組合の会議に出られません。また、明治時代の区分けにおいては、隣と隣の間に隙間があったり、誰のものでもない土地があったりしました。そこで、赤倉温泉組合を「赤倉温泉保勝協会」として、参加したい者が入れる組織に進化させ、所有者のない土地も集めて会の資産として運用を始めました。協会の理事長 広島茂男さんは、江戸時代から続く宿を経営しています。

 広島さんは「明治時代に分けられた赤倉区という行政区がけっこういい加減で、祖父達がそれらの権利を財産にした赤倉温泉保勝協会を設立しました。これらの土地を集約してゲレンデや道路にしています。現在の活動は、ゲレンデの使用法について、時代に即した開発に意見したり、スキーとスノボの指導に協力したりしています。外国の人がゲレンデの外へ出ないようにも啓蒙しています。知らないと下まで降りて行ってしまうからです。今のゲレンデの土地や建物も協会のものですから、これを次の世代に渡して使ってもらいたい。祖父の時代から赤倉に人がいっぱい来るものをつくってきました。ここには、来る者拒まず、去る者追わずの気質が連綿として続いている。外国の人も歓迎です。私たちも故郷の財産を処分してやって来てくれた彼らを応援しないと」と言います。

 広島さんは赤倉のすべてが好き。20歳の時に車で東京から帰省して、朝日が当たる妙高山を見ました。「あんなにきれいな山は見たことがなくて、一緒にいた仲間たちもみな妙高に憧れて誇らしかったですね。やはり赤倉の景観は大事。妙高山のパワーを、地球の内から湧き上がるパワーをもらっている気がします」

 

竹田さん

「雪を子どもに触れさせたいという家族連れが増えている。雪だるまを作るなど雪遊びをするために冬の雪国に来て欲しい」/竹田さん

  今後の赤倉はどうなるのでしょう。竹田さんは「外国のようにガイドの説明ができたら山の見え方が変わってきます。昔からある大きな木も、ガイドブックに載っていなければ何もわからず通り過ぎてしまう。ガイドの説明があれば、ちょっとしたことでも話を聞いて発見につながる。そのガイドで生活ができるほどの仕組みを作りたい。しかし、生業までにできていないのが現状の課題です。また、水芭蕉のシーズンに観光客が集中しますが、それ以外の景色もすごくいい。6月が最も新緑がきれいで、山菜も多い。地元の人たちが一番過ごしやすいと思っているのですがお客さんが来ない。このベストシーズンにもお客様を集めていきたいです」と言います。

 温泉地、避暑地、スキー場とアイテムを獲得しながら、妙高・赤倉は多くの人から愛されてきました。時代も国も超えた不変の魅力がこの自然にはあるのかもしれません。
妙高山の春夏秋冬

 

掲載日:2019/11/28

 

■ 取材協力
竹田幸則さん/妙高観光局 事務局次長
次井雪雄さん/赤倉温泉区長
広島茂男さん/赤倉温泉保勝協会理事長

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