
file-139 新潟発!すご腕アートプロデューサー(前編)
アール・ブリュットが新潟を変える
五泉市出身の式場隆三郎(しきばりゅうざぶろう)は、長岡花火のちぎり紙細工で有名な山下清を見出してプロデュース。最近では、まちごと美術館CotoCoto(ことこと)や新潟県アール・ブリュット・サポート・センター(NASC)の活躍がめざましい。どうも新潟には、アール・ブリュット(障害者アート)を発展させるすご腕プロデューサーがいるようです。
障害があろうがなかろうが、卓越した作品は評価すべき

新潟医学専門学校(現・新潟大学医学部)で学んでいたときに白樺派に傾倒。中央の表現者たちより知遇を得ていた式場隆三郎氏/個人蔵

神林恒道さんは、前会津八一記念館館長でもあり、「式場と八一は交流があった」という。
式場自身も200冊に及ぶ著作を残した文筆家でしたが、プロデューサーとしての手腕もさるもの。自身が顧問医をしていた知的障害児施設の八幡学園で山下清(1922-1971)に出会い、その才能に惚れ込んで「式場清」「山下隆三郎」と言い合うほど物心両面からサポートします。式場によって、山下の作品も、本人も、全国に知られるまでになりました。
「障害があろうがなかろうが、作品が素晴らしければアートとして評価される」。ふたりの活動は、新しい価値観を生み出したのです。
時の流れと共にその功績は忘れられていましたが、最近になって、にいがた文化の記憶館館長の神林恒道(かんばやしつねみち)さんが式場を掘り起こして同館で紹介したり、新潟市美術館でも今年8月から企画展「式場隆三郎 脳室反射鏡」が開かれたりと、再び脚光を浴びています。
※障害者によるアート活動や作品は「アール・ブリュット」「障害者アート」「アウトサイダー・アート」とさまざまな呼び名があります。
アートはつなぐよ、どこまでも。“接着剤”としてまちづくりにも展開

「大半の事業者が法定雇用率に関係がなく、日常で障害者と接しない人も多い。それが、アートを通じるといろんなことが見えてくる。例えば、働く人の中にも障害者の家族がいて、私たちの暮らしが成り立っていると気付かされる」/肥田野さん


まちごと美術館CotoCotoには常時25人ほどの作家が所属し、レンタル作品はスタッフが選抜。明るくて、ほっこりするような公共性の高い絵を中心に集めている。

大人気だった原信のエコバッグ。
事業の発案者は、株式会社バウハウス代表取締役社長の肥田野正明(ひだのまさあき)さん。同社はビルメンテナンス事業、飲食事業、障害者就労支援事業を主体にまちづくり事業にも参加し、肥田野さん本人も斬新なアイデアの発信で注目されています。アートレンタル事業は「障害者の作品を購入して会社に飾ったら、来客が興味を示してくれる。会社の所有だけではもったいない。これをどこかで飾れないか? 購入だとその場限りなので経済的に持続させるには? そうだ、“まちなか”でレンタルしよう!」と考えました。
それからの動きがすごい。市場ニーズに合うかを調査するために、にいがたビジネスメッセに参加して作品を展示し、来場者にアンケートを取りました。すると、97%以上が「興味がある」、半分以上が「月に1枚3千円ならレンタルしてもいい」と回答。確信をしっかり得てから事業をスタートしたのです。
県内のスーパー原信(5店舗)にも作品をレンタルしており、肥田野さんが絵を交換に行くと、おじいちゃん、おばあちゃんが寄って来て「今度は何の絵を持ってきた?楽しみにしてるんだ」「人はやっぱり秀でたモノがあるね」「いやー、この絵にはかなわねわ、宝だわ」と話し掛けてくるそうです。同スーパーのエコバッグの絵柄にも採用され、4万個がたった4日でなくなりました。「平日の4日間ですよ!?しかも、無料配布ではなくて5千円以上の買い物が条件なのに。普段から絵を見ていたから欲しかった、という声も聞きました」。お客様は、障害者が描くからではなく、作品そのものに魅了されていたのです。

バス停も美術館となってアートを展示。
色使い、タッチに、彼らの生き方がダイレクトに出ていて、無垢を感じます。私たちは「こうでなければいけない」という、たくさんの固定観念の中で生きていますが、彼らの作品を見ると「ありのままでいい」と気付く。それが魅力的に映るのでしょう。
この髪の毛はゴミなのか?作品なのか?吹けば飛ぶような小さい表現を発掘

石川県出身の角地さんは、新潟大学工学部福祉工学科に進学。研究の中で障害がある人と関わっていた。障害とアート、この間で仕事ができないものかと考えるようになった。
「式場さんの時代は、ある種かわいそうな子たちの表現という紹介でした。個人の中に障害がある捉え方です。それが最近では、“社会との間に障害がある”という考えになってきました。これを表現の話に重ねていくと、作品を作る行為が問題行動と捉えられる可能性もある」と角地さんは言います。

見方によっては星座のような髪の毛。

レシートやチラシを切って施設に持ってくる障害者がおり、どんどんたまっていく。職員も対応に困って「止めてもらおうか?捨てようか?」と考えていた。それが、並べてみたら案外きれいだった。

「2019年度 上越アール・ブリュット公募展」のガイドブック。紹介の仕方を考え抜き、作品のキャプションを大切にして展示しているという。
ひとつの作品に複数の“語り手”がいるケースもあります。新聞や雑誌の顔だけ切り抜く障害者がいて、動機を職員たちで想像しました。「ドラえもんとか丸い顔が好き?」「人をつねると同じ動作?」「自傷行為かも?」。車の座席に置いてあるぬいぐるみの丸い顔を切り取ろうとする写真も撮れました。このような“語り”も作品と一緒に展示しますが、“語り”が増えるとは、アートの視点になる人も増えることで、作品の魅力創出や鑑賞者の感動にもつながるようです。
NASC主催の「2019年度 上越アール・ブリュット公募展」は、富山、宮城、東京でも展示され、現地に見に行った家族もいました。ある作者の弟は、障害を持つ兄を隠したい気持ちがありました。それが、アール・ブリュット公募展に出品したことで「仕事になってる、兄貴、すげぇ!」と感動して、兄の行為を表現として肯定できるようになりました。「結果としてケアになった例です。こういう効果が活動の醍醐味ですね。福祉現場のケアだけではこんな展開にはならないし、弟さんとの関係改善のためにアートをしよう!というプランは立てられませんから」
山下清の作品は、誰が見てもアートっぽくて魅力的。代表格で語られています。しかし現状は、吹けば飛ぶような表現の方が圧倒的に多い。「この小ささ、何気なさをどう拾ってアートにするか」角地さんの発掘はまだまだ続きます。
周囲が作品と思えば作品、問題と言えば問題行動になる。自分は、障害者と周囲、人と人の間で作品ができている気がします。
■ 取材協力
神林 恒道さん/にいがた文化の記憶館 館長
肥田野 正明さん/まちごと美術館CotoCoto館長、株式会社バウハウス 代表取締役社長
角地 智史さん/新潟県アール・ブリュット・サポート・センター(NASC) アートディレクター
■ 参考資料
まちごと美術館CotoCotoホームページ
NASCホームページ