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file-88 古文書からみる上杉謙信

  

戦国の日常や伝承

戦国時代の宴

上杉景勝が狩野秀治に宛てた書状

上杉景勝が狩野秀治に宛てた書状。兼続との酒盛りについて書かれている。
(米沢市上杉博物館蔵)


 後半は何気ない戦国の日常や伝承をご紹介します。

 上杉謙信の養子である景勝は、謙信が亡くなった後の跡目争いである『御館(おたて)の乱』に勝利し、越後を治めました。家臣である直江兼続(なおえかねつぐ)との歩みは、小説やドラマなどでも幅広く親しまれています。
 そんな景勝と兼続の日常を記した書状が、米沢市上杉博物館に残されています。狩野秀治(かのうひではる)は、兼続とともに景勝を支えた重臣です。

『昨夜直江と大酒これをなし候、そこもと定めて家狭く候て、一入徒然たるべく候、』
 (昨日の夜は、直江(兼続)と3人で大酒を飲みましたね。あなた(狩野秀治)の家はせまいから、(今日は)寂しく感じているのではないですか。)
[米沢市上杉博物館蔵『景勝公御書 五 』]

 景勝が兼続、秀治と3人で楽しく酒盛りした事を思い出しながら、狩野秀治に今日は一人で寂しいのではと伝えています。戦国の武将といえども、仲間同士ではこんな気楽なやりとりをしていたと思えば、親しみも湧きます。景勝の署名もなく、自筆で書かれたと思われるこの書状からは景勝と兼続の仲の好さも感じられ、大河ドラマでも描かれた二人の日常を連想させます。

 謙信についても、永禄2年(1559)に太閤(=前関白)・近衛稙家(このえたねいえ)の息子である前嗣(さきつぐ)が書き残したものがあります。景虎(謙信)が2度目の上洛をした際のことで、おおまかな内容は、
『今日、景虎が公方(将軍・足利義輝(よしてる))の屋敷に参られるので、太閤(稙家)と私(前嗣)に来るようにと使者が来ましたが、昨日、公方と私が大酒を飲んで夜を明かしたため、気分が悪く応じられませんでした。この前も公方と景虎が家に来て、大酒を飲んで夜を明かしました』[上杉家文書・上越市史別編一 172号]
というものです。今風に言えば二日酔いということになるのでしょうか。
 戦国の武将たちも、現代と変わらないにぎやかな宴を楽しんでいたのでしょう。

新潟に残る謙信のいろいろな伝承

田中屋本店みなと工房の田中幸江さん

笹団子を製造販売する田中屋本店みなと工房の田中幸江さん。「おいしく、日持ちもする笹団子には、昔の人の知恵を感じます」と笑顔で話す。


笹団子

笹団子は団子生地で餡(あん)を包み、笹で包んで蒸すことで、内部を殺菌し保存性を高めている。


川渡餅

上越地方で11/30 と12/1に食べる風習がある「川渡餅」。謙信の武勇にあやかり、健康を祈願する。
(大杉屋惣兵衛)


かちどき飯

戦国時代の料理の再現を試みた「かちどき飯」。食材や調味料まで当時手に入るもので考案されている。
(「毘の膳」割烹から松や)


春日山城跡に立つ上杉謙信公像

春日山城跡に立つ上杉謙信公像。今も越後を見守るようにたたずんでいる。


 新潟名物の笹団子。この笹団子を考案したのが謙信、または上杉軍とする伝承があります。笹団子についてのお話しを、田中屋本店みなと工房の田中幸江さんにお聞きしました。
 「笹団子は新潟県内全域と、福島県の会津地方で作られています。上杉謙信公、または家臣が兵糧(ひょうろう)として考案したのではという説もありますが、近代まで上越地方では笹団子を作る習慣がなかったので、本当のところは分かりません。ただ、『北越風土記』に記載があるように、かなり昔から笹団子は作られていたようです。戦国時代をはじめ、食べ物が豊かでなかった時代に、身の回りにある食材を使って庶民が考案し、徐々に今の形になったのではないかと思います」。
 謙信と笹団子を結びつける確実な史料がないので、その関係は定かではありません。
 「笹団子は笹で包んで蒸し上げることで、内部が殺菌され日持ちします。携行食としても優れているので、後の世で兵糧と結びつけて考え、謙信公の名声にあやかったのかも知れませんね」(田中さん)。
 このほか、上越市には川中島出陣の際に、謙信が将兵に振る舞った餅にあやかったという『川渡餅(かわたりもち)』もあります。伝承に思いをはせながら食べてみるのも一興です。

 最後にご紹介するのは、戦国の献立を再現したという上越市の『かちどき飯』です。
 戦国武将・上杉謙信の日常の食は一汁一菜の質素なものだったようですが、出陣の際には部下の将兵にご飯と山海の幸をたっぷりふるまったという言い伝えもあるそうです。『かちどき飯』は上越地方でとれる食材、当時の調味料、日本各地の郷土史料などをもとに考案されたもので、どれも素朴な味わいが特徴です。戦国時代には醤油や砂糖が一般的でなかったため、味付けにも工夫がされています。黒米(玄米)や鮑(あわび)の黒煮、あつめ汁などの伝統食に加え、酢で洗った白身魚2種とくらげの『戦国さしみ』なども味わえます。

 歴史資料や古文書から想像する上杉謙信の人物像や戦国の世。歴史のロマンに思いをはせながら、県内の観光スポットをめぐり、郷土の味を体験してみてはいかがでしょう。

 

    

■ 関連サイト
上越観光ネット 上越観光コンベンション協会 http://www.joetsu-kanko.net/
春日山 林泉寺 http://www.valley.ne.jp/~rinsenji/  
彌彦神社(おやひこさま100年) http://www.oyahikosama100nen.com/
新潟県立歴史博物館  http://nbz.or.jp/
米沢市上杉博物館  http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/uesugi.htm

■ 取材協力・資料提供
居多神社宮司 花ヶ前盛明さん
上越市公文書センター 福原圭一さん
田中屋本店みなと工房 田中幸江さん
新潟県立図書館/彌彦神社/新潟県立歴史博物館/ 上越観光コンベンション協会/米沢市上杉博物館


■ 参考資料
花ヶ前盛明(2005)『越後 上杉一族』新人物往来社
花ヶ前盛明(2007)『上杉謙信(新装版)』新人物往来社
花ヶ前盛明(2010)『新潟県人物小伝 上杉謙信』新潟日報事業社
花ヶ前盛明(2013)『上杉謙信 謎解き散歩』(株)KADOKAWA
花ヶ前盛明 編著(2011)『新潟県 謎解き散歩』新人物往来社
新潟県立歴史博物館(2001)『よみがえる上杉文化』
井上鋭夫(1967)『上杉史料集』人物往来社
米沢市上杉博物館(2003)『国宝 上杉家文書 図説』

 

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