file-25 大地の芸術祭 ~里山の挑戦…今度は空き家ですよ

里山の挑戦…今度は空き家ですよ

最後の教室

旧東川小学校を作品にしたクリスチャン・ポルタンスキー「最後の教室」(2006/2009(平成18/21)年)。

夢の家

2000(平成12)年作品のマリア・アボラモビッチ「夢の家」は、集落の空き家を使った最初の作品。その後も「泊まれるアート」として地元の人たちが管理している。訪ねると案内に出てくれる地元の人が教えてくれるのは、作品のことではなく集落のこと、この空き家の主の先祖の歴史だ。

三省ハウス

三省ハウスで小さな畑を耕す福原さん夫妻。厨房も預かる節子さんは「これだけじゃ足りないけど、夏に泊まりに来る人が食べることになるね」と話した。

三省ハウス2

三省ハウスが冬の妻有を体験するツアーを行い、首都圏から家族連れが訪れた。集落の小正月行事「鳥追い」は子供が少なくなって長らく休止されていたが、ツアーの子供たちと地元の子供たち、そして集落の大人たちで再開。芸術祭以外での交流も始まっている。

 「2回目が終わった時ですよ。北川さん(北川フラム氏 総合ディレクター)が、『さあ、今度はいよいよ空き家ですよ』と言うので、私があちこちの空き家を案内したんです」と若井明夫さん。若井さんは昨年7月に立ち上げたNPO法人越後妻有里山協働機構の理事長。今年開催される大地の芸術祭の共催者に名を連ねた。

 「空き家、廃校の問題は山間地じゃ深刻で複雑。地元行政でさえ、できれば避けて通りたい話なんです。北川さんはそれに正面から向き合おうとしている」と若井さんは言う。期待と同時に、自らも負う責任の重さも噛みしめている。

 集落に増えてゆく空き家は、誰も暮らしていないというだけで地域の人を萎えさせるが、それと同時に荒廃が進んでも地域の人が勝手に手を入れることができないために難しい問題を引き起こすこともある。若井さんは集落の空き家を整備して「貸民家みらい」を、90年代から経営してきた。集落に点在する空き家をどうするかというのは、若井さん自身長らく取り組んできたテーマでもあった。

 前回2006(平成18)年の大地の芸術祭では、持ち主から許可を得てアーティストに委ね、空き家を作品にした。地域の人々が管理して通年で宿泊できる施設にしたり、アーティストの付加価値によってセカンドハウスとして転売する可能性も見越した取組だ。前回までに作品になった空き家は10軒。そのうち1軒は、オーストラリア大使館が維持費を負担することが決まり、今年「オーストラリアハウス」として作品に名を連ねる。複数の陶芸家が集まって作品とした「うぶすなの家」(2006(平成18)年・十日町市東下組)は、地元の人たちが食事を提供するレストランとして、常時お客さんを受け入れている。空き家が、わずかではあるが地域の人々の働く場として、交流しながら収入を得られる場所として生まれ変わっている。

 NPO法人越後妻有里山協働機構は、大地の芸術祭に地元住民が参画できる組織作りをめざしたもので、当初は共催に名を連ねるまでの構想はなかったという。ところが空き家、廃校はいずれも不動産だ。これを行政が預かる体制はなく、不動産を預かる主体として急遽共催者になった。今年は新たに10軒の空き家をアートにする。妻有には全国の中山間地から多くの視察が訪れているが、その多くが空き家と廃校の活用のあり方を主な視察目的にしているという。

 十日町市の三省(さんしょう)集落。旧三省小学校を利用したセミナーハウス「三省ハウス」の裏で、地元に住む福原さん夫妻が畑を耕していた。宿泊客があると料理を作るのは節子さん。畑で採れた野菜はみなハウスの厨房で使われる。「ここは高台だから家から見えるでしょ。学校に灯りがついているのは、いいよ」と節子さんは言う。廃校になってずいぶん経つが、地元にとってはやはり今も「学校」なのだ。当初大地の芸術祭に関心はなかったが、三省ハウスを手伝うようになって、前回は作品を見て回った。「飛田さんに案内してもらってさ、作品の感想?…うん、アートだったね」と笑う。

 飛田さんというのは、三省ハウスの管理スタッフ。2000(平成12)年に学生ボランティアの「こへび隊」として十日町市を訪れ、その後も何度か訪れているうちに北川氏のアートフロントギャラリーのスタッフとなり、三省ハウスを任された。大学を卒業後、東京で雑誌編集の仕事に就いた。「面白かったですよ。だけど東京の暮らしに違和感を感じたのは、妻有を知っていたからです。人のつながりがあって、身体を使って働く暮らし。比べたら、こっちになった」と言う。芸術祭の、数少ない収益部門という責任感は強く「開催時期以外にどれだけ人が泊まってくれるかが大事です。地元の学校の合宿なんかも企画するんですが、最初は必ず言われるんですよ『なんで東京の、しかもアートの会社がそんなことやってるんだ?』って。だけど私はここから5軒先に住んでいるから「地元」の人間でもある。ここで暮らさなかったら、信頼はしてもらえなかったと思います」と言う。三省ハウスに立ち寄ったり、汗を流していく地元の人たちは、芸術祭を盛り上げようと思って協力しているわけではない。「飛田さんが喜んでくれたらいい」と、そんな風に言う。福原さん夫婦の耕す畑も、最初は飛田さんが一人で始め、うまくいかなかったのを見るに見かねて交代したのだという。2000(平成12)年に始まった出会いが、妻有ではこのように息づいている。

file-25 大地の芸術祭 ~里山の挑戦…そもそも「大地の芸術祭」って?

そもそも「大地の芸術祭」って?

 
 
草間彌生「花咲ける妻有」

 

草間彌生「花咲ける妻有」(2003(平成15)年)は、国内トップアーティストの作品が野ざらしであることにまず驚かされ、作品を見るために丘へ登ると野の花が咲いているのに気づかされる。作品を見に訪れた人は、小さな野の花に出会う。
 

 

 

 大地の芸術祭は、2000(平成12)年からスタートした3年に一度のアートの祭典。地域の活性化を目指した県の里創(りそう)プランから発展したプロジェクトで、3回までの開催は、県と開催地である十日町市(初回2000年時点では十日町市、川西町、松代町、松之山町、中里村=合併により十日町市1市となる)、津南町が主催。今年は県が主催者に名を連ねない最初の開催となる。現在作品数は、初回からの恒久作品を含めて今年開催中に鑑賞できる作品は350点を超える。詳しくは過去の特集越後妻有アートトリエンナーレ
 
 回を重ねるごとに国内外から高い評価を得たのは、作品を寄せたアーティストが世界的に活躍し動向が注目されている作家であったこともあるが、大地の芸術祭が琵琶湖よりも広い面積(およそ760平方キロメートル)の中にアートを点在させる手法であったこと、しかもその場が全国有数の豪雪地で、過疎化、高齢化の進む中山間地域であったことによるところが大きい。
 
 初回から「こへび隊」という主に首都圏の美術系の学生ボランティアを募って妻有地域に動員し、都市と地方との交流を行ってきた。作品も著名アーティストに限らず大学単位、ゼミ単位での出品、オーストラリアや韓国など国が後押しするかたちで作家を送り込むケースも増え、開催期間を超えて作品を受け入れる集落との交流が続くケースが出てきている。
 
 また、地域の人たちの働く場としても、作品が機能し始めている。空き家を作品に仕立てた「うぶすなの家」、通年営業をしている三省ハウス、「農舞台」、宿泊できる作品「光の館」などで、フルタイム雇用には至らないが、延べ60人ほどの有償スタッフがいるという。
 

 

file-25 大地の芸術祭 ~里山の挑戦…3年で6億5000万円

3年で6億5000万円

 大地の芸術祭に使われる費用は、3年間の総計で6億5000万円。予算規模は確かに大きいが、スケールも大きいため、主催者側にとってはこれで潤沢な資金があるという状況ではないという。今回は十日町市、津南町の負担金は1億円。残る5億5000万円のうち、3億円をプロデューサーの福武總一郎氏(株式会社ベネッセコーポレーション代表取締役会長)が調達し、補助金や助成金で6000万円、現物供与で2000万円、そしてチケット収入で1億6000万円を調達する計画だ。「チケット販売枚数は前回の2倍が目標です。自治体からは黒字だろうが赤字だろうが、出てくるお金は1億円と決まっている。赤字にするわけにはいかない」と話すのは関口正洋事務局長。彼もこへび隊を経て妻有に暮らすスタッフだ。

 「これだけの予算を使うなら、アートではなくもっと暮らしのことを」と望む住民は、開催当初から少なくない。しかし主催者も、大地の芸術祭に関わる多くの人も、「地域の暮らし」のために活動しているのは変わらない。若井明夫さんが地域の空き家を活用して「貸民家みらい」を始めたのは90年代。「米づくりじゃ生活できないし、出稼ぎに頼れば結局みな地域を離れる。公共事業が頼みの綱なんてこの先続くわけがない」という思いから、里山を見てもらおうと空き家を活用した取り組みを始めたという。「そこに大地の芸術祭が来た。これはすごいことが始まるとうれしく思った」と話す。若井さんが立ち上げたホームページは、1日7件ほどのアクセスだったのが、大地の芸術祭が始まると大きくアクセスを伸ばしたという。

 回を重ねることで、アーティストの意識も「アート」から「地域」へ関心が向いてきているという。「先行する作品を意識しますから、これまでにないものをと作家は考えます。より深く作品作りを考えていく過程で、地域の核になるもの、地域に根付くものという観点を持った構想になってきています」と話す。自身の意識も変化した。「妻有が存在し続けていくために都市の力が必要なんだと思っていました。今は逆です。都市で暮らす人たちにとって妻有が必要なんです」。関口さんの目標は、大地の芸術祭が世界で最も高い評価の展覧会と肩を並べること、そしてもう一つ。過疎化の進む中山間地の一地域が、他都市、そして世界と直接つながることができるのだと証明することだという。

>> リンク:大地の芸術祭2009

 

file-25 大地の芸術祭 県立図書館おすすめ関連書籍

里山の挑戦…3年で6億5000万円

県立図書館おすすめ『芸術・アート』関連書籍

 こちらでご紹介した作品は、新潟県立図書館で読むことができます。貸し出しも可能です。
また、特集記事内でご紹介している本も所蔵していますので、ぜひ県立図書館へ足をお運びください。

ご不明の点がありましたら、こちらへお問い合わせください。
(025)284-6001(代表)
(025)284-6824(貸出延長・調査相談)
新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/

▷『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2006』

(北川フラム,大地の芸術祭実行委員会/監修 現代企画室 2007)
 大地の芸術祭の公式図録。2000年版、2003年版も所蔵していますが、作品が中規模化した分アーティストの個性がきわだつ2006版をお勧めします。760平方キロメートルにおよぶ青空の下に広がる自然美術館。一冊で大地の芸術祭を俯瞰できます。

▷『ビエンナーレの現在 美術をめぐるコミュニティの可能性』

(暮沢剛巳,難波祐子/編著 青弓社 2008 706-Ku59)
 2年に1度開催されるビエンナーレ=国際美術展について、社会的・文化的な意義を明らかにする意欲作。第2章「パブリックアートを超えて」では越後妻有トリエンナーレを取り上げ、その画期的かつ独自性の高い性質を分析しています。

▷『芸術(アート)のグランドデザイン』

(山口裕美/著 弘文堂 2006 702-Y24)
 近年、日本の現代アートはとっても元気。本書はアーティストやキュレーター、企業経営者などアートをプロデュースする側にある人々のインタビュー集です。美術館のコンセプトや展覧会ウラ話…作品集や写真集とはまた違う楽しみが満載です。

▷『びわ湖ホール オペラをつくる 創造し発信する劇場』

(上原恵美ほか/著 新評論 2007 766-U36)
 「オペラをつくる」のタイトル通り、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールによる新作オペラの制作ノウハウが詰まったドキュメンタリー。地方から文化を創造し発信する。「県民オペラ」と一言で表現してはいけないような、情熱を感じさせる一冊です。

▷『客はアートでやって来る』

(山下柚実/著 東洋経済新報社 2008 ビジネス689-Y44)
 栃木県那須岳にある創業457年の温泉旅館・大黒屋のアートスタイル経営を紹介するビジネス書。装丁は地味ですが(…芸術的というべきか?)、その革新的な経営スタイルやコンセプトには目からウロコ。温泉宿でここまでやる!?と言いたくなる衝撃の一冊。

 

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