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域文化 データベース

新潟の歴史文化

文化財や寺社仏閣などの伝統的な建造物、新潟に縁のある偉人などを紹介します。

地域文化
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  • 越山会

    「越山会(えつざんかい)」は、田中角栄の選出地である新潟県にかつて存在した政治団体。田中角栄の後援会として「鉄の団結」を誇り、最盛期には会員数9万5千人を数えるまでになった。日本政界史上において最強の後援会である。 新潟 […]
  • 水原代官所

    1746年(延享3年)に、幕府直轄領として、水原城館跡に代官所が設置され、初代代官として内藤十右衛門が着任しました。代官所の支配地は阿賀野市をはじめ、北蒲原各地や中蒲原・南蒲原・岩船の一部など複雑に分布し、支配高は6~1 […]
  • 阿賀野市立吉田東伍記念博物館

    日本歴史地理学の先達「大日本地名辞書」の著者、吉田東伍を記念してその生誕地に設置された 博物館です。 地方博物館としては小規模な館ですが、日常の生活空間である街並みの中にあって、地域の皆さんが気軽に学習の場として利用でき […]
  • やまびこ通り

    出湯口から村杉口までの約5kmに、250余りの歌碑や句碑が並ぶ林道です。旧笹神村は昔から佐藤念腹や石塚友二といった文人、俳人を多く輩出。そこで県内外の俳人、歌人に発表の場を持ってもらおうと、松尾芭蕉の「奥の細道」をヒント […]
  • 旦飯野神社(あさいいのじんじゃ)

    西暦300年のころ、誉田別尊(応神天皇)が祭られ、391年に応神天皇の御子へ献米した際に、御神託によってその名がつけられたという由緒ある神社。旦は太陽が昇る様子、飯は米、野は田畑を現し、この地が笹神で初めて稲作りを行った […]
  • 優婆尊(うばそん)

    本尊は僧行基(ぎょうき)の作と伝えられている優婆尊像。片方の手に臍帯(せいたい:へその緒のこと)をのせ、片手に錫杖(しゃくじょう)を持つこの像は、時には医師や行脚僧(六十六部)の姿になって、難産・難病を救ったと言われ、安 […]
  • 華報寺

    出湯温泉にある、曹洞宗の寺。行基が開山した当時は真言宗の寺で、30数坊の伽藍(がらん)があったと言われています。現在の本堂は戦後に再建されたもので、優婆尊(うばそん)の信仰の場として、現在も多くの人が訪れています。境内に […]
  • 無為信寺(水原の名刹)

    親鸞聖人の高弟24人の1人、無為信房を開基とした浄土真宗大谷派の名刹。元来は文永年間(1264~75年)に、会津に創建されたと伝えられています。寛政12年(1800年)、大地主佐藤伊左衛門がこの地に再興。大正2年に本殿と […]
  • 梅護寺

    京ヶ瀬地区小島の梅護寺にある「八房の梅・やつふさのうめ」と「珠数掛桜・じゅずかけざくら」は親鸞聖人がこの地に滞在した際の伝説で、越後七不思議として知られています。 出典:『阿賀野市ホームページ』 提供元:阿賀野市 商工観 […]
  • 猿田彦神社

    年6回、庚甲の日に祭礼が行われることから庚甲様とも呼ばれている猿田彦神社。祭礼の日には、今でも多くの信者が訪れます。安田城北門の守護神で、代々城主の崇敬が深く、諸人雲集して参詣者が絶えなかったとの言い伝えがあります。 出 […]
  • 臨沢山観音寺

    蒲原三十三観音第二番札所。応仁2年(1469年)に月窓和尚が開山し、上杉謙信が中興、末寺19ヶ寺を有する曹洞宗の名刹です。見渡す限りの境内林と遠い歴史の重みが、やすらぎに満ちた雰囲気を漂わせています。 出典:『阿賀野市ホ […]
  • 寺社観音堂

    福隆寺の境内にあるこの観音堂は、蒲原三十三観音の第一番札所。かつてはこの辺りを柳島村といっていたため、柳島観音と呼ばれていました。毎年4月17日と8月17日の縁日には、近郷近在から参拝者が集まり賑わいます。 出典:『阿賀 […]